一周忌法要で3度も聞き返す 喉仏が入った骨壺の処分のしかた

父の一周忌法要を執り行いました。
父が亡くなった日と同じように、空はどこまでも青く、庭の若葉が一斉に芽を出し、つつじが満開となりました。

1年間自宅の仏壇に納めていた喉仏を、一周忌の法要とともにお墓に納骨しました。

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一周忌法要

一周忌の法要は、命日の当日に行うのが理想的ですが、実際には参列者の都合により日時を調整することが多いです。その場合も、命日よりも早めの日に行うのが慣わしです。
父は、若い頃に親も兄弟も亡くしていたので、父の近い親戚はおらず、一周忌の法要も母と私の家族と姉の家族とだけで行いました。

法要は菩提寺で行いました。
事前にお寺さんに伺い、用意するものを準備したのですが、我が家の場合、お寺に持参したものは、お花とろうそく、線香、おりく膳。
お坊さんに渡すお布施は3万円。これもお寺さんに言われた金額でした。

宗派によって違いはあると思いますが、我が家のお寺さんは非常にサバサバしています。難しいしきたりやめんどうな慣わしにはあまり拘らず、家族の意向に限りなく沿ってくれるので、私としてはとても付き合いやすいお寺さんだと思っています。

法要のあとは住職と会食をする場合も多いと聞きますが、我が家のお寺さんはいつも「食事は必要ありません。御膳料も要りません」というので、それに従っています。

お寺での法要は30分ほどで終わり、その後お墓へ移動して、そこで父の喉仏を納骨しました。

喉仏の納骨

地域により、喉仏を分骨して納める慣習があるそうですね。
本来であれば、喉仏は宗派の本山へ分骨納骨するのだとか。
そのため、大きな骨壺と喉仏を入れる小さな骨壺を用意する葬儀社も多いそうです。

父の葬儀を行った葬儀社でも、喉仏を入れる小さな骨壺を用意してありました。
35日の忌明けの法要で納骨した時は、喉仏の小さな骨壺は持っていかなかったので、そのまま自宅の仏壇に納めておりました。

後日、お寺さんに聞いたところ、喉仏は本山に納めるのが本当だが、今はそこまでやる人は少なく、家族の気持ちの整理がついた時(例えばお彼岸の時だったり一周忌だったり)に、お墓に納骨する方もいれば、ずーっと自宅に置いておく方もいるそうで、そこはいいように執り行ってください・・・とのことでした。

ちなみに我が家は浄土宗。
本山は京都なのよね。
父の喉仏の入った骨壺を抱えて、京都へ行くことを想像してみたけれど、なんかヤダ。
やっぱり体と一緒に喉仏も同じお墓に納めてあげたい。そう思いました。

不要になった骨壺の処分

喉仏をお墓に納めるのは、母が行いました。
昨年35日の納骨の日は、母はお寺にすら行かなかったのに、やはり1年という時間が流れて、気持ち的にもずいぶん落ち着いたのでしょうね。

ちなみに喉仏というのは、甲状軟骨の突起した部分のこと。よって、火葬で溶けてなくなってしまうそうで、実際に喉仏として入っているのは、第二脛骨、いわゆる首の骨なんですって。
きれいな形の喉仏・・・いやいや、首の骨は、母がお箸でつかんでお墓の中へ入れました。
なんか声をかけていたけれど、聞き取れなかったなぁ。

よかったね、お父さん。
これで体のパーツが全部そろったから、きっと天国でも自由にいろんなところへ行けるね。大好きな読書もできるし、絵も描くことができるし、お花も植えられるよね。
そんなことを、ぼんやりと考えていました。

で!
空っぽになった小さな骨壺。
「これ、どうしたらいいのですか?」と、お寺さんに聞きました。
火葬場に持っていって焼いてもらうのかな?それとも、お寺で供養して焼くのかな?

「燃えるゴミとして出してください」
と、お寺さん。

「えっ!!!燃えるゴミって、市の燃えるゴミに出していいんですか?」
思わず声を張り上げちゃったもんね、私。

「はい、燃えるゴミで出してください」
再度、そう答えるお寺さん。

「燃えるゴミで出しちゃっていいんですか?」
再度同じ質問をする私。

「ええ、燃えるゴミです」
そう言って、帰ろうとするお寺さんをさらに引き留めて聞く私。

「本当に燃えるゴミでいいんですか?」
しつこいな、私も。
3度も繰り返し聞いちゃって。
だけど、父の喉仏がさっきまで入っていた骨壺を、家庭用のゴミと一緒に燃えるゴミで出すなんて、非常に抵抗があるではないですか。

ちなみに、35日の納骨で空いた大きな骨壺は、葬儀社の方が処分してくれました。

骨壺は単なる入れ物

小さな骨壺をよく見ると、円柱のプラスチックの入れ物で出来ていました。
それを包んでいた白い布も、確かに燃えるゴミなんです。

結局、お骨を取り出して空っぽになってしまった骨壺は、単なる入れ物にすぎません。
自治体のゴミの出し方に従って、処分するのはなんら問題ないそうです。

小さな骨壺は、新聞紙にくるんでそれからビニール袋に入れて、後日市の燃えるゴミとして出しました。
喉仏はお墓に返したわけだし、これでいいよね、お父さん。
・・・と、仏壇の父に問いました。

「いいよ」と、声が聞こえました。
ああ、そうか。
喉仏と体がようやく一緒になって、父も声が出るようになったんだなぁ・・・。
なんてね・・・。

父が亡くなって1年。
本当にあっという間でした。
来年の3回忌も、きっとあっという間に巡ってくるんでしょうね。


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コメント

  1. えりあママ より:

    一年経つのが早いですね
    お疲れ様でした。
    3度も聞き直したくだり、爆笑しちゃいました
    そらはなパパさんもお墓の中で笑ってたかもしれませんね〜〜
    うちは木製でお寺さんが持ち帰ってくれたけど、お寺で可燃ゴミになったのかな?と思ったら笑いが止まりませんでした

    • そらはな より:

      えりあママさんへ♪
      お墓の前で、何度も声を大にして聞き返しちゃいましたよー。
      私ももしかしたら、お寺さんが持ち帰ってくれるのかな?と思っていたので・・・。
      でも結局お寺さんも処分するときは、可燃ごみとして出すんでしょうね。
      まだまだ知らないことがたくさん出てきますねぇ・・・。

  2. ちかちか より:

    骨壺を燃やす?燃えるゴミ??意味がわからなくて何回も読み直しました。
    こちらは骨壺は陶器製で、お墓の中に骨壺をしまうのです。うちのお墓の中には義父と義母と夫の兄の3つ骨壺が入ってます。秋田ではお墓の中にお骨をじゃらじゃら〜〜と入れて、誰のかわからなくしてしまうのですか???地方によって違うのですね。びっくりしました〜〜

    • そらはな より:

      ちかちかさんへ♪
      あーーー、そうそう、そうなんですよねー。
      地域によって、お墓の中に骨壺ごと入れるところもあるんですよね。
      秋田は、おっしゃる通りお墓の中にじゃらじゃら~とお骨をいれます。骨壺の中にさらに布袋が入っていて、それにお骨が入れられているので、その布袋を逆さにひっくり返してお骨を、まさにじゃらじゃら~と入れるのです。お墓の入れる入り口もとても小さくて、骨壺なんて入りませんもの。
      お骨は、先祖代々混ざっているんですよね・・・(;・∀・)
      骨壺ひとつひとつ入れるよりも、何十人分でもお骨が入ります。
      おそらく田舎は、昔は親兄弟も多く大家族だったからなんでしょうかね?
      こんなところも地域によってちがうのですから、嫁ぎ先が遠ければ遠いほど、いろんな慣習やしきたりにとまどうお嫁さんも多いのではないかな・・・と、ふと思いました。

  3. とも より:

    こんばんは。
    うちのお寺さんも、まったく同じことを言われました。
    こちらは火葬場での収骨は、小さな骨壺に入るだけの量を入れます。後のお骨は火葬場の方が片付けてしまいます。喉仏さんも、他の骨も同じ骨壺です。お墓への納骨は、全部納める場合もありますし、一部を本山に納める場合もあります。

    さて納骨後の陶器の骨壺は、小さく割ってガレキゴミの日に出しました。
    心理的に違和感はありましたが、お寺さんが骨が入ってなければ、ただの壺ですよと言われました。家族にとっては、肉親がそこにいるという気持ちで1年を過ごしてきたので、何となく心苦しいのかもしれませんね。
    お寺さんの言われる通り、納骨したら壺は、骨壺としての役割を終えたのですね。
    壺をゴミとして捨てたとしても、亡くなった家族への想いが変わるわけでは無いので、今は受け入れられます。
    それにしても、1年は早いです。まだ遺品整理は続いておりますが。

    • そらはな より:

      ともさんへ♪
      えりあママさんのところは、骨壺が木製で、ともさんのところは陶器で、私のところはプラスチック!
      ちかちかさんのところは、骨壺ごと納骨ですから、本当にところ変わればですね。
      私は、今は遺品整理は中断したままです。
      父の大量の書籍類は本棚の中にそのままになっていますし、父のベッドも箪笥もそのまま。使っていたパソコンもその他細々したものもそのまま。
      母が何か言うまでは、そのままにしておこうと思っています。
      いずれ母も看取る時がきたら、一気にやらなければならないと覚悟を決めました(^-^;
      その時、私は体力気力があるんだろうか・・・。

      • とも より:

        先日、古い本を買いとって頂きました。
        何でもとっておく人なので、真っ黒けの江戸末期の和綴本、焼き物の全集等。
        古本屋さん曰く、明らかにゴミみたいなところにお宝本があるらしく、それらは捨てずに、先ず見てもらうのが鉄則らさしいです。全集ものは、あまり値がつかないそうです。
        案の定、和綴本に価値あるほんがあり、他は
        値が付かず、引き取りのみでした。100冊近く処分で、15,000円をゲットできました。むふふ。

        • そらはな より:

          ともさんへ♪
          ああー!うちにもあります。
          いつの時代のものかわからない古い書物が。
          古本屋さんに見てもらえばいいのですね。
          いつになるかわかりませんが、その時は必ずお宝鑑定してもらいます(#^^#)