以前にも増して、母の耳が遠くなったと感じています。
80代半ばの母ですから、耳が遠くなるのは当たり前。
日常の会話は、私が大きな声でゆっくりと話せば済むことですから、全然いいのです。
だけど、母の耳が遠くなったことで、今私が一番困っていることは、母が素直に話を聞いてくれないことなんですよね。
聞こえない
1年くらい前から、郵便受けに宅配業者からの不在連絡票が入るようになりました。
私も夫も、時々通販を利用するのですが、荷物を受け取ってくれる母が、日中自宅にいるのはとても助かります。
また、ふだんほとんど出歩かない母にとっても、宅配業者の方が来ることで、荷物を受け取ったり話をしたりすることは、身体と頭を使うことにもなり、よい刺激となっているなと思うのです。
ところが、母が1日中家にいるというのに、なんでこんなに不在連絡票が多くなったのでしょう。
考えられることはただひとつ。
宅配業者の方が訪ねてきても、母には聞こえないのでしょう。
チャイムの音も、「ごめんくださーい!」と玄関先で叫ぶ声も。
言い訳なのかもしれない
初めのうちは母も
「私が家にいたのに、なんでこんなもの(不在連絡票)を置いていったんだ?」と話していましたが、そのうち
「きっと私がトイレに入っていた時に来ていたんだ」と言うようになりました。
これを聞いたとき、私はすぐに母の言い訳だと気が付きました。
だって、チャイムの音のスピーカーは、トイレを出たすぐ上の廊下についているのですから。
居間にいるときよりも、むしろトイレに入っているほうがチャイムの音はよく聞こえます。
その後、度重なる不在票に母は、
「車庫の方に行っていた時に訪ねてきていたかも」とか
「洗面所で水を流していた時に来ていたんだ」とか
「玄関のカギを閉めていたから」とか言うようになりました。
別に言い訳なんてしなくていいのに。
「来ていたの知らなかった」「聞こえなかった」と言えばそれで済む話なのに。
提案も却下
さてさて、今回の不在連絡票が郵便受けに入れられていた時刻は19時30分。
「黙ってこんなもの置いていった」と言いながら母が持ってきたので、思い切って母に提案をしてみることにしました。
チャイムの音も、玄関先で叫ぶ声も聞こえなかったんでしょう。
黙って不在連絡票だけ置いていくわけないんだから、きっとお母さんが聞こえなかったんだよ。
そんなことを母にやさしく(←言ったつもり)言うと、いつものように母は、車庫に行っていたかもしれないとか、トイレに入っていた時かもとか、あれこれ言い出しました。
決して自分が聞こえなかったということを認めようとはしないのですね。
そこで提案その1。
廊下についているチャイムのスピーカーを、居間に移動しようか。
母の答え
「ああ!やめてくれ。居間にあったらうるさくてしょうがない」
提案その2。
じゃあ、廊下についているチャイムの音を大きくしてもらおうか。
母の答え
「冗談じゃないっ!そんな大きな音がしたらうるさくてしょうがない」
ふーん、そうなのか。
チャイムの音がそんなにうるさいのか・・・。
だけど実際には、そのうるさいはずのチャイムの音が聞こえていないんだよねぇ・・・。
でもさ、誰か訪ねてきても聞こえなかったら困るよね?どうするの?
と母にやさしく(←言ったつもり)言うと
「知らんわ!そんなこと!」
と、逆切れして部屋を出て行ってしまいました。
自分の母親ながら、こんな態度に呆れます。
テレビの音がうるさすぎて
翌朝、宅配業者に不在連絡票が届いた旨を電話し、荷物は午前中のうちに届けてもらえることになりました。
私は、10時前には所用で家を出なければならなかったので、母には午前中に荷物が届くから受け取ってくれるよう伝えました。
ところが、私がちょうど家を出ようとしたその時、実家のほうでチャイムが鳴る音が聞こえました。
*我が家は二世帯住宅ですが、実家の奥に私たちの住む家を建て増しした形。
なので、ふつう訪ねてくる方は、実家の玄関先のチャイムを鳴らすのです。
宅配の方、もう荷物を持ってきてくれたんだ!と思いながらも、母がきちんと玄関先に出て対応してくれるか、私は様子を伺うことにしました。
もう一度チャイムの音。
そして大きな声で「ごめんくださーい!」
それから再びチャイムの音。
そしてさらに大きな声で「荷物、お届けにきましたー!」
それでも、母が部屋から出てくる様子はありません。
この時点で、私は実家の玄関先へ出ていき、荷物を受け取りました。
母の居間からはうるさいくらい大きなテレビの音が聞こえてきていましたが、物音はせず。
あれ?本当に部屋にいないのか?
車庫のほうに行っているのか?
などと思いつつ、そっと母のいる居間を覗いてみると、母がソファーに腰掛けて新聞を開いている姿が見えました。
いる。
ちゃんと居間にいた。
やっぱりね。
想像はついていましたが、こういうことだったのね。
耳が遠くなった母は、テレビの音を大音量にしていているがための、訪問者には気が付かないという悪循環。
チャイムの音とテレビの音、どっちがうるさいんだか・・。
母も気づいていると思う
たぶんね、母も自分が耳が遠くなって、誰かが訪ねてきても聞こえなかったということは、薄々わかっていると思います。
だから私に「聞こえないよね?」「困るよね?」と言われると、それを否定したくて逆切れするのだと思われます。
そして、その問題点を解決するための策を出しても、いっさい聞こうとしてくれません。
これはいったいどうしたものだろう。
母の元々の性格が、歳をとることでさらに頑固に頑なになったってこと?
だったら私にはもうどうすることもできません。
どうせどんなに大きな音が鳴ったって聞こえないんだから、テレビの前にチャイムの音に連動してピカピカ光るライトを置いたらどうだろう?
なーんてことを言ったら、母の逆鱗に触れるだろうな。
今私が困っていること
母の耳が遠くなったことが困っていることではありません。
だって、歳をとるってこういうことですからね。
いつかは私も行く道です。
私が今、一番困っていることは、母が素直に話を聞いてくれないってこと。
お互いの生活が困らないように、今の不便を便利にするべく、あれこれ提案することも、もはや母には理解できないってことでしょうか。
何を言っても聞いてもらえないのだから、もういちいち母に聞かずに実行すればいいってこと?
そうやったらやったで
「あんたがなんにも言わずに勝手にやってる」と母に怒られるんだろうな。
そして私は、今日も心に誓うのです。
私が歳をとったら、子どもたちの話は素直に聞くんだ。
一生懸命聞いて理解しようとするんだ。
わからないことはわからないと素直に認めるんだ。
ごめんなさいね、って素直に謝るんだ。
そして、老いては子どもに従うんだ。
こんな誓いも、いざ自分が年老いたら、いっさい忘れてしまって、私もわが子に逆切れしてるんだろうか。
ああ、自分が怖い・・・。
私が今、一番困っていることは、将来の自分の姿に対してだったりして・・・。
コメント
そらはなさんこんにちは。うちのお向かいさんの場合ですが・・・・宅配の人が来るとわんわん!と飼い犬が吠えるのです。それでおばあちゃんは宅配がきたことに気付くという。
最初はそれを知らなかったので宅配の人が来るたび、わんわん吠えてしまうのは困るだろうなぁ・・・と思ったのですが逆にわんちゃんに助けられてるんですね(^_-)-☆なんだかほっこりしてしまったのでした
すずさんへ♪
ワンちゃんも立派に自宅を守っているんですね。
歳をとると状況も日々変化していくので、いつまでも同じようにしていてはダメなんでしょうね。
その都度、ベストな策を考えていかなければなりませんねー。
そらはなさんこんにちはお気持ちよくわかります 私の義父も耳が遠くて会話は全く不可能です それでも宅配の荷物は受け取ってくれることが多いですね 誰か玄関にいるって言うのがなんとなく分かるので出て行ってくれるようです でも時々トイレの手洗いの水や台所の水道の水が 垂れ流しになっていることがあります 音が聞こえないってこういうことなんだと改めて思います 注意したことは一回もありません 諦めも肝心です お母様の言い訳を聞き続けるのは精神的に辛いですね 配達時間おそらはなさんがいらっしゃる夕方や夜にしてもらうとかチャイムもそらはなさんがいらっしゃるお部屋に 移動するとか その程度のことしか思いつきません でも私もそうですが 年をとってから子供の言うことをハイハイと聞くことは絶対にできないと思います あはは だからお母様の気持ちよくわかりますよ だから向こうに変わってもらうんじゃなくてこちらの対応を変えるのがベストだと思います お爺ちゃんとは今結構うまくいっていますよ アイスクリームとかお菓子とかちょいちょい買って渡しています お部屋の掃除をしてあげたり お墓参りの花を花壇から取ってきてお供えしたり ちょっと気を使うようにしたら関係がうまくいくようになりました そしてここが大切なのですがおじいちゃんには全く何ひとつ期待していません 問題のおじいちゃんの部屋のドアですが 孫がイキそうになったときはあらかじめ私がさっと閉めます 間に合わなかった時は娘に行ってもらいます 私は関わらないことにしています こちらの欲求は通らない そう思って暮らせばあまり腹が立たないように思います ではまた失礼いたします
すみません名前も入っていない上に2回も送ってしまいました本当に申し訳ございません このちなです
このちなさんへ♪
同じコメント、削除しました!(^^)!
耳が遠くなるということは、水の流れる音にも気が付かなくなるってことなんですね。
そういうことも気を付けていかなければなりませんね、勉強になります。
宅配便の時間も考えなければなりませんねぇ。
母が受け取ることで、刺激になればいいなと思っていましたが、状況は変化してきてますからね。
こちらが察して、先回りで回避するということはとても大事ですね。
期待するからイラっとするんであって、「こちらの欲求は通らない」と思えば、心づもりも違うから腹も立ちませんね。
私は、母に対して過度に期待しるぎるせいかもしれませんね・・・。
そらはなさん、こんにちは。
実家の母はもう随分前に難聴になり、今も仕事をしているので両耳に補聴器をつけています。82の今はそれでも聞き取れなくて何度も言い直します。声を張り上げて話さないと聞こえない時もあり、実家に行くと疲れます。でも、私も子供の頃から難聴で補聴器使っていて、聞こえない気持ちがわかるので繰り返して言うのは大して苦にならず、逆に夫や子供や周りの人が今まで大変だったんだなぁと思います。聞こえない、というか、音が聞こえても何て言っているか言葉として聞き取れないのが老人性の難聴です。私も音はわかるけどテレビは字幕がないとわかりません。テレビの音が大きくても聞いているならまだ映されていることに興味を持っているのだと思います。
お母様は認知症になる前に聞こえが悪くなっていたかもしれませんね。難聴と認知症は関連があるとテレビでも言ってました。認知症になった相手はこちらの気持ちを思ってくれるとか、変わってはくれないので、こちらの対応を変えるしかありません。難しいですね。自分を抑える、変えるって。
でも自分の生活を守るためには、何か言われても変えていくしかないのでは?私は昔から宅配は時間指定を夜にして、同じ住所で届く隣の義父宅の荷物も奥の家(自分ち)に届けて下さいと義父宅のポストに貼り紙していましたよ。一つ一つ解決して行って下さい。
ちかちかさんへ♪
そうなんですよね。
声をかけるとちゃんと反応はするんですけど、何度も聞き返されて・・・。
それは、音は聞こえているけど、聞き取れないからなんでしょうね。
こちらも、お年寄りと接する方法を学んでいかなければ、疲れちゃいますね。
実は、父は若い時に片側の耳の鼓膜が破れてしまったので、一方の耳しか聴こえていませんでした。
歳をとってからは補聴器をつけていましたが、いつも母に
「お父さんは、聴こえてないんだから!」といつも怒られ(;’∀’)、だけど父はそれに関しては、いっさい否定も言い訳もしなかったなぁ。
父が生きていたころは、母はとてもよく聞こえていたと思うのですが、父が亡くなって急に認知症の症状が進み、耳の聞こえも悪くなり・・・どっちが先だったのかな?
宅配時間も検討しなければなりませんね。
おっしゃる通り、ひとつひとつ解決していくしかないのだと思います。
私、お年寄りの領域に入りつつあります。
まだ?もう?50代後半なのですが。
まず最初は、高音が聞き取れなくなると言いますが、
わたしは低音が聞き取りにくいです。
コードブルーの山ピーのぼそぼそっとした声はとても聞き取りにくいです。
あと、頑固さに磨きがかかってきました。
我を押し通してしまいます。
かわいいおばあちゃんにはなれそうもありません。(笑)
あべまさんへ♪
言われてみれば、私も・・・、子どもが早口で言ったことは聞き取りにくいですねぇ(^-^;
我を通すのも、自分はまだまだ若くて負けられないって気持ちが強いからだと思います。
私も、かわいいおばあちゃんは無理か・・・・?(;・∀・)
こんばんは。
テレビの音量。困りますね。
うちの義父も、ボリュームを40まで上げていました。小さい家がライブハウス状態で、それが一日中だと私もイライラしてました。
さて、テレビだったかネットだったのか?
耳の聞こえと認知症は関係しているそうです。聞こえが悪くなると、脳に伝達される情報量が乏しくなり、脳の活動も悪くなるので認知症になりやすいそうです。
私の母も片方が元々聞こえにくいので、心配です。
ともさんへ♪
テレビの音量は35以上です。
めちゃくちゃうるさくて、まさにライブハウス状態(;’∀’)
耳の聞こえと認知症の関係、あると思います。
歳をとるって・・・楽しいことばかりじゃないけれど、せめて心穏やかに、そして何かあっても人のせいにしないようにしようと、つくづく思います。
人って生きたように老いるなと思います。
だから、空花さんはお母様のようにはならないと思います。
ブログを通して知ってるだけなのにエラソーですが、
根拠あるようなないような自信があります(笑)。←手前味噌ですが、よく当たる
ただ、お母様見て不安になっているばかりでは よくないと思うの。
反面教師だけでなく、よいイメージトレーニングもほしいですよね!
空花さんには すばらしいお父様がおありになるではないですか!
私の僅かばかりの観察では、
子が親を看るのは当たり前という態度の方は実際 子どもに過剰な負担をかけているし、
子どもに迷惑かけたくないとがんばっている方は 割に長くシャンとしている気がします。
ただ、認知症でなくても、老いるにつれて 記憶や問題処理やいろいろなことを裁く容量が段々と小さくなっていきますね。
自分のことを中心軸に、遠くなっていくほどどうでもよくなっていく感じ。
その実、できていたことが一つまた一つとできなくなっていく喪失感とか焦りは、きっと若い者が察しかねるくらいなんでしょうね。
私がお母様の記事を読んで「イヤだなァ…」と感じてしまうのは ←ごめんなさい、失礼なこと言って
私自身がよく似た支配的な性質を持っていて、それを見せつけられるような気持ちになるからだと思います。人ごとじゃない。
実の娘さんがいるから我慢して親身にしてもらってらっしゃるけれど、
子なしの私はどうなるだろう……?コワイコワイ。
お母様のご様子が私を反省と改善へと促してくださいます。ありがとうございます。
後期高齢者の友人、
立派な息子さん2人(40代)にはお嫁さんがいないこともあり、
介護どころか諸々の対応・事務手続きですらアテにできない、迷惑かけられない、と
自立型ホームを申し込み(数年待ち)、家をたたむ準備を始めました。
自分で差配できるうちにやっておかなくては自分にいいようにはできない!との判断です。
現実を見てよく調べ考え最善の対処をする、聡明な方です。私の目標です。
でも、娘さんがいるご友人や私の実母のことを「いいわねぇ〜〜」と仰っています。
自立を尊重してあれこれ親身に配慮し手を尽くし責任を持って見てくれ、
絶対的に信頼のおける存在がいてくれる有り難み──しかもすぐそばに!
お母様が感じることはないのでしょうか…。
すごくすごーく幸せなことなのに…それを味わわないのがもったいないです。
空花さんは味わえる方だと思いますよ。
ところで、ハワイでは 何かトンデモナイ目に遭われたのですか?? そんなに警戒なさるなんて。
ちなみに 私の新婚旅行は ナシ!でした。(その後 何回も何回も旅行させてもらっていますが、ソレはソレ(笑))
新居への引越しは一人でしましたし(笑)ƪ(˘⌣˘)ʃ
TM♪さんへ♪
良いイメージトレーニング!!
そうですよねー。そうしなくては!
私は、子どもがいてもいなくても、いずれは一人になるのだから、自分のことが自分でできなくなったときは、施設に入りたいと思っています。
TM♪さんのお友達のように、着々と準備をしていきたい。
ただ、人間ってなかなか踏ん切りがつけられないですよね。
まだ、大丈夫とか、まだできるとか。
そうこう考えているうちにあっという間に歳はとるわけで(^-^;
あ!
ハワイではなにもなかったですよー。
国際免許申請して、ハワイでレンタカー借りて運転しました。
英語全然できなかったけれど、単語並べてレンタカー借りることができました。
今となっては、考えられないことです。若いって、無謀でもあるんですよねー。
歳をとった今は、移動時間が苦痛で・・・。
ハワイに行くのも8時間くらいエコノミークラスで全然眠れなくて、本当に時差ボケがひどかったです。
若いからこそできたことですが、今は自身ないです~((+_+))