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高齢となった親が介護サービスを受けるきっかけをつかむのはなかなか難しい

高齢となった親を、いつ、どの段階で、介護サービスを利用したらよいのか判断に迷う方も多いと思います。
子育て中は、乳児検診のお知らせや予防接種の案内など、こちらが黙っていても通知が来るので、国のサービスを誰もが簡単に利用できるのですが、介護保険サービスは受ける側が動かなければ何も始まらない。

介護は一人で抱え込まないことが大切ですが、高齢の、しかも口も達者でとりあえず一人暮らしはできているような元気な親を、地域包括支援センターに相談できるきっかけがあれば、支える家族にとっても精神的に楽になるのになぁと思います。

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父が急逝したことで母の言動がおかしくなった

2年前まで、私も親の介護問題はまだまだ先のことだと思っていました。
二世帯住宅で暮らす両親は、ともに80歳を過ぎていましたが、2人ともまだまだ元気。
食事や日常生活などは2人で自立できていたので、私も親の生活にはほとんどノータッチで暮らしてきました。

ところが、2年前の5月、父が急逝しました。
同級生たちと米寿の祝いの会を開き、町内の会計係も務め、趣味の文化財を研究する仲間たちと小旅行にも出かけ、亡くなる前日は畑の草刈や枝の剪定作業をしていた父だったのに。

突然父が亡くなったことで、目の前にはやらなければならない手続きが山積みで、毎日一つ一つのことをこなしていくのに精一杯だった私。
対する母は、悲しみとショックのせいか、ほとんど何もできなくなり、母と相談して物事を進めるというより、私が一方的に処理していかなければ、事態は前に進めない状況となりました。

それでも、母がこの先安心して暮らせるように、私はいちいち母に助言を求め、いちいち母に判断を求め、いちいち事細かく報告しました。
それがいけなかったのでしょう。

理解力も判断力も低下している母は混乱し、私のことを「財産争いをする泥棒と一緒だ」と言いました。

認知症の始まり?私を泥棒だと言った母・・・そりゃないよ
抑えようとしても込み上げる嗚咽は、父が亡くなった時とはまた別の感情が入り混じっていました。 悔しさ、悲しさ、情けなさ・・...
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認知症では?と薄々感じていたけれど

実は、母の言動がおかしいなと感じたのは、父が亡くなる1年前にもありました。
お正月に姉一家が遊びに来た時に、「来ることを知らなかった」「あんたが何も言わなかったからだ」と一方的に私を責めた母。

姉も母には電話で連絡をしていたし、私も前日にも母と話をして、食事の用意は全部私がやることになっていたんですけどね。
「まったく何も聞いていない」と言い張る母は鬼のような形相で、ものすごい違和感を覚えたのですが、この時私は「母も年だし、ボケて忘れちゃったんだな」と受け流してしまいました。

後になって思えば、母の料理の味付けがおかしくなってきたことや、突然ものすごい勢いで怒り出すことなど、あの頃から認知症の初期症状が出ていたのでは?と思うのですが、そんな母の言動も連続するわけではないのですよ。

むしろふだんは、父が忘れていることを母が諭すことがほとんどで、母のほうがしっかりしている印象すらあったのです。
だから、母の言動がおかしいなと思っても、それをスルーすることで、私の中の不安にも蓋をしていたのだと思います。

地域包括支援センターに相談するきっかけ

母に泥棒だと言われ、空から地面に叩きつけられたような激しい衝撃を受けました。
悲しくて悔しくて情けなくて、なんのために私は今まで必死に動いてきたのか、意味がわからなくなりました。
同時に母のことも恨みました。憎みました。大嫌いだと思いました。

そしてこの出来事をブログに綴りました。
自分で文章を書いているうちに、なんで母はあんなことを言ったんだろう?とか、私はどうすればよかったのかな?とか、少し冷静になって考えることができました。
母は、父が突然亡くなったことで、精神的なショックから認知症の症状が一気に進んだんだ・・・とも思いました。

しかし、自分で「母は認知症だ」と思っても、その先どうするかはまるで考えていませんでした。

すると、ブログには多くの方からアドバイスが寄せられ、そこで初めて地域包括支援センターなるものがあるということを知りました。
介護とはまったく無縁な生活をしていた私は、地域包括支援センターも、介護認定手続きも、初めて聞く言葉ばかりだったのです。

ブログをやっていたおかげで、私は母のかかりつけ医にもすぐに相談することができましたし、そこから地域包括支援センターへ出向き、母が要支援となるまでの段取りは、非常にスムーズに運びました。

もしも自分1人で悩んで抱え込んでいたら、今でも私は介護サービスを受けるための行動に移せていなかったかもしれません。

親が高齢となったらチェックすること

親が高齢となったら、小さな異変を見逃さないためのチェックシートです。

1.1人でバス・電車・自動車で出かけることができる
2.週に1回は外出している
3.預金の出し入れができる
4.階段を手すりや壁を伝わらずに上れる
5.椅子に座ってから何もつかまらずに立ち上がることができる
6.15分続けて歩くことができる
7.この1年間で転んだことがない
8.この半年間で2~3kg以上の体重変動がない
9.飲み物でむせることがない
10. 同じ話題を繰り返し話すことはない
11. 今日が何月何日か把握できている
12. 疲れたり落ち込んでいる様子はない
自分の親に当てはめたとき、質問に「いいえ」と答えたのは何個ありましたか?
2つ以上「いいえ」と答えた場合は、地域包括支援センターに相談したほうが良いそうです。
認知症だけではなく、身体の機能面での老化も進んできますから、介護生活にならないためにも、予防で介護サービスを受けることもできるのです。

このチェックシートでは、父が亡くなる前から、母はすでに7個の「いいえ」が該当していました。
何事もなく暮らしていたのは、父がすべてカバーしていたから。

もしも私が、もっと介護保険制度のことを知っていたら、もしかして父の負担を減らすことができていたかもしれないな・・・と思うと、ちょっとだけ胸がキューっとしめつけられたのでした。

介護は、家族だけで抱え込むものではないとわかっていても、最初の踏み出し方がわからない方もいると思います。
地域包括支援センターで、もっと気軽に相談できるようになれば、これから超高齢化社会を迎える日本の介護制度も、いろいろなケースのいろいろなパターンが見えてきて、よりよい制度に改正されていくかもしれません。

そんな私も、日々手探り状態なのですが、間にケアマネさんやヘルパーさんが入ってくれるおかげで、精神的に一番助けられているのはこの私なんです。

介護に関わるすべての方に感謝せずにはいられません。
そして、ブログを読んでくださっている方にも、感謝感謝です。

 

コメント

  1. とも より:

    こんばんは。
    私も今、悩んでいます。
    先日帰省した時も、ずっと探し物をしたり、同じ話をする母。
    病院で、脳の萎縮はあっても認知症ではないと言われ、経過観察中です。でも、明らかにMICだと思います。
    実家の散らかり方、失くし物ばかりの様子を見ると、すぐにでも包括センターに相談したいです。でも、母は大丈夫って言います。ずっと様子を見れないので、第三者が入ることが両親の生活にどんな影響があるのか?あれこれ悩むことばかりです。
    MICの疑いがあっても、このまま経過を見ていていいのか?間違いなく認知症に移行するのに、なんらかの手を打たなくては?と、離れて暮らしてることのもどかしさでいっぱいです。本人が受診の希望があれば、スムーズに進みますが、まずは説得から始めることに気が重いです。

    先日、テレビの健康番組でMICにかかった男性が、筋トレなどの認知症トレーニングで治られたことを放送してました。そういう人をリバーターと呼ぶそうです。
    母にも是非トレーニングしてもらいたいたいと思いました。まずは説得!

    • そらはな より:

      ともさんへ♪
      認知症の初期は、本人にはもちろん、周囲の人にも見わけがつかないと思います。
      だって、しっかりしている部分も残っているのですからね。
      結局、うちの母は認知症として病院を受診したことはありません。
      母の性格上、受診は絶対に無理だと思います。
      以前それとなく話を持っていったら「この歳だもの!物忘れがあってあたりまえでしょ!」って(;’∀’)
      うちの場合は、母に逆らわず母の言う通りにしていたほうが、私も心穏やかに暮らせるので、今はそれでいいと思っています。
      ともさんは、お母さまと離れて暮らしているので、余計心配でしょうね。
      お父様と相談しながら、でも、一度包括支援センターの窓口に相談という形で話を持って行ってもよいかもしれませんね。
      なにかのきっかけや手助けになるかもしれません。

  2. ジャスミン より:

    初めまして
    今年50になる華の(?)シングル九州女です

    私自身は 経験上 地域包括センターなるものは
    一体 何をどう手助けしてくれる?
    な心象しかありません

    父85 母79
    父は9年程前 パーキンソン病を発症し
    今年3月末から病院での闘病生活となりました
    母は2月に交通事故に遭い 3月半ばに退院し
    7月から精神科に入院(今月半ば退院予定)

    私のやり方がマズイのか 地域包括センターとは
    良い連携取れ 気持ち的にラクになれる などの感覚は
    私は持てた事がありません

    私は2人姉妹で 関東に嫁いだ1つ違いの姉がいます
    昨年から 離婚問題ですったもんだやってるようで
    実親の現状には一切ノータッチ
    私 母 からの連絡を着信拒否設定し ガン無視を決め込む
    (郵便 電報 速達郵便にも無反応)
    私は 絶縁宣言と取って ハナから独りっ子だったんだ
    と 自分に言い聞かせる日々

    明日は 母を伴い 父の面会へ
    会話も 好きな物の差し入れも 今はもう出来ず
    何もしてあげられないけど
    父に会いに行きます

    母の ケアマネを決めたり どういうサービスを受け
    家での生活のリズムを どう保っていくか…
    も明日から模索が開始です

    親の老後に 関わって あわわあわわ とテンパる日々で終わる
    そんなのを繰り返す度
    親の老後どころではない 私自身はどぅなるどぅする
    という気持ちで またイッパイイッパイに

    スタミナ切れで 止まらなきゃ動けなくなる私は
    バイタリティある人らの 原動力はなんなのだろぅ
    と 常々思います

    突然 お邪魔で申し訳ありません

    • そらはな より:

      ジャスミンさんへ♪
      コメント送信できず申し訳ありませんでした。
      ひらがなを打ち込むさいには、薄い文字も濃い文字もすべて入力してみてください。

      お父様、お母様、病気や怪我や入院で大変でしたね。それらを一手に引き受けてジャスミンさん一人でやってこられたのですね。
      また、お姉さんが一切ノータッチなのも、さらに負担になりますね。
      遠くに嫁いだとはいえ、せめて話を聞いてくれるだけでもいいのにね。
      地域包括支援センターには、一度ご相談されたことがあり、その時の対応がいまひとつだったということでしょうか。
      実は私も、数日前にまたまた母とすったもんだがあり(←懲りない)どんなに認知症があるとはいえ、とてもじゃないけど普通に関わることは無理だとつくづく思いました。
      本当は、母といろんな話をしていろんなことを相談していろんなことを決めていきたいのですが、もう無理です。
      母が生活に困らないよう必要な援助を淡々とやるのみで、余計な話は一切しないと決めました。
      まだ母が1人でなんとか生活できているからいいのですが、この状態もいつまで続くかわかりませんし、自分も今できることを精一杯楽しもうと思っています。
      いずれ身動きがとれなくなると思いますから。
      私の場合は、ケアマネさんが間に入ってくれるだけでもずいぶん気持ちは楽になりました。
      相性もあると思うので、ジャスミンさんも良いケアマネさんに会えるといいのですが。
      お母様、退院されるのですよね?
      一緒に生活していくのですよね?
      ぜったい家族一人で支えるのは無理ですから、まずは現状を相談されてはどうでしょう。
      なんかうまく答えられずにすみません。