介護サービスを嫌がる母がヘルパーさんを受け入れることになったキーワード「もったいない」

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昨年、母は要支援1から要介護1と認定されました。
自分の身の回りのことは自分で行えているとはいえ、家の中にこもりっきりの母に介護サービスを利用したくて、何度か母へアプローチをしてみました。

「そんなところへ何しに行くの?」
「私は(自分でできるから)必要ない」
母の答えは予想通りのもので、聞く耳も持たずに断固拒否。

そんな母が、この春から訪問介護サービスを利用するようになりました。
母がサービスを受け入れるに至ったキーワードは「もったいない」でした。

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要介護1の母の状態

2年前、父が亡くなったことをきっかけに、母の記憶障害は顕著になりました。
何度も同じことを言う、自分が言ったことを覚えていない。
この程度ならば単なる年相応の物忘れだと思っていたのですが、私のことを泥棒呼ばわりした時には、さすがにおかしいなと思うようになりました。
その年、要支援1と認定された母は、翌年には要介護1となりました。

母は二世帯住宅で、基本的には一人で暮らしています。
元々、脚が悪く外出はほとんどしないので、買い物はすべて私に一任しています。
せめて自分で考えてほしくて、生協のカタログを見て注文したいものをメモしておくようにとやらせたこともありましたが、2~3週間ほどして「欲しいものは何もない」と言って、何もしなくなりました。

今は私が生協のカタログから適当に食料品を頼んでいますが、品物が届くと母は喜んでいるので、「欲しいものが何もない」わけではないのだと思っています。
先の見通しを立てて、欲しいものを考える思考能力や判断力がなくなったのだから、しかたがありません。
これが認知症なのです。

お風呂は、週に2回程度自分で浴槽にお湯を張り、入浴をしていましたが、昨年から我が家のお風呂に入ってもらっています。
お風呂掃除や準備をだんだんめんどくさがるようになったことと、以前廊下で転倒したこともあり、一人でやらせるのは危険だと思ったからです。
ただし、こちらから声をかけないと母は自分からお風呂に入りません。
週に2回のお風呂も、たまに「入るのがめんどくさい」と言って、入らない時もあります。

料理もほとんどしなくなりました。
昨年は、自分でご飯を炊いたり、簡単な煮物を作って食べていましたが、今はほとんどやりません。
聞けば「作ってるよ」「食べてるよ」とは言いますが、冷蔵庫の中を見てみると、私が入れた食材は全然減っていないし、賞味期限が切れたものもゴロゴロ出てきます。
私が作った晩ごはんを取り分けて母に届けているのですが、翌日も冷蔵庫にそのまま入っていることもあります。
どうやら母は冷蔵庫にあるのを忘れてしまい、お腹が空くと簡単にできるミニカップラーメンを食べたり、お菓子をつまんだりしているようなのです。

昨年、母が要介護1と認定されてから、私は何度となく訪問介護サービスやデイサービスのことを母に話しましたが、母の答えはいつも一緒。
「なんで私がそんなもの利用しなければならないの?」
「私は自分でできるのだから必要ない」
これ以上話をすると母が怒ってくるのがわかるだけに、私は何も言うことができませんでした。

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キーワードは「もったいない」

脚が悪く外出するのを極端に嫌がる母が、最初からデイサービスを利用するというのはまず無理でしょう。
ならば訪問介護サービスを利用するのはどうだろうかと考えました。
仕事で私が日中不在時に、ヘルパーさんに来ていただいて、母の様子を見守りつつ部屋の掃除や食事の準備などしてもらえるのなら、私もとても助かります。

友人からケアマネージャーさんを紹介してもらったことをきっかけに、話はどんどん進みケアマネージャーさんが母の訪問介護プランを作成してくれました。

■健康状態をみながら安定した体調が維持できること。
■共に調理等を行うことで適正量の食事をとることができること。
■困難な家事支援(掃除など)を受け負担が軽減し安心して生活ができること。

ところが問題は、母がヘルパーさんを容易に受け入れてくれるかどうかということ。

昭和一桁世代の母は、子どもの頃戦争を経験し、貧しい時代を生き抜いてきた人です。
人に頼ることをせずに、自分でできることは自分で行うというプライドも持っています。
その後の高度経済成長の中でも、つつましやかに堅実に暮らし、モノを大事に大事に使い、捨てることができません。

そんな母の口癖は「もったいない」。
モノは無駄にせずに最後まで使わないと、そのモノが「かわいそうだ」と言います。

私が母に言った言葉は「もったいない」でした。

ヘルパーさんが家にきてくれて、掃除をしたりできないことを手伝ってくれるサービスがあるんだよ。
脚が悪くて、台所やトイレの床掃除とかできないでしょう。
それを手助けしてくれるのが介護サービスなの。
これまで何年も介護保険料を払ってきたよね。年金から毎回引かれているよね。
せっかく介護保険料を払ってきているのに、介護サービスを使わないなんて「もったいない」よ。

母は「もったいない」という言葉に心を動かされました。
「そうだよねぇ。保険料払っているんだもんねぇ。」
「そのサービス利用する手続き、私は何もわからないから、あんたがみんなやってちょうだい」
母がそう話すようになった時には、とっくにケアマネージャーさんに相談し、訪問する日も決まっていたのでした。

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ヘルパーさんが来るようになって

夕方家に帰って、母にヘルパーさんのことを訪ねると
「そういえば来ていたかしらねぇ?」という曖昧な返事。

台所の掃除してもらったんじゃないの?
居間に掃除機かけてもらったんじゃないの?

母に思い出してほしくて、あれこれ誘導質問するのですが、母は首を傾げるばかり。
ヘルパーさんの訪問記録には「台所・トイレの掃除」の他、「食事の準備と配膳」を「(母と)共に行う」とも書かれていたので、そのことも聞くと
「人のうちの冷蔵庫勝手にあけて何か作るわけないでしょ!」と母。

しかたがない。これが認知症なんです。

ところが、30分後再び母の部屋を訪ねると、母がうれしそうにこう話したのです。
「今日、ヘルパーさんが来てたの。掃除をしてもらってね。冷蔵庫の中のものを使って食事を作ってくれたから、私が『昼間からすごいご馳走だこと』と言ったら、ヘルパーさんが『娘さんに頼まれてますから』って。あんた、ヘルパーさんに頼んでくれたんでしょ。」と。

認知症は、体験したそのものをすっぽり忘れてしまうので、いくら思い出すように誘導質問しても無駄なんです。
だから母が思い出せなくても、しかたがないとあきらめていたのに、この鮮明な記憶力はいったいどうしたことでしょう。

これも認知症のまだらの症状?
だとしたら、記憶のツボの蓋が開くタイミングは、いったいなんだったんだろう。
あらためて、認知症の不思議さについてもあれこれ考えてしまいます。

しかし、ヘルパーさんが来てくれることにより、母の日常生活に外部からの刺激が加わったのは確かなことで、丸ごと忘れてしまった記憶が呼び覚まされることもあるんですね。

ヘルパーさんが来るようになってから2週間。
母が少しでも今の生活を維持していくことができればいいと願っています。

認知症の始まり?私を泥棒だと言った母・・・そりゃないよ
抑えようとしても込み上げる嗚咽は、父が亡くなった時とはまた別の感情が入り混じっていました。 悔しさ、悲しさ、情けなさ・・・、それらがドロドロに渦を巻いていて、子どもの頃母に理不尽な怒られ方をした時の記憶がよみがえってきました。 ...

 

コメント

  1. ルイコ より:

    こんにちは。
    ヘルパーさんが来てくれたことで、お母様の見えないスイッチが入ったのでしょうか。
    案ずるより産むが易しですね。
    借りられる人の手は、ためらわずに借り、外の風を入れていくのも大事なことなのですね。
    そらはなさんのお母様が、日々楽しんで過ごされるようすを拝見すると、同年の母がいる私も嬉しいです!(^^)!

    • そらはな より:

      ルイコさんへ♪
      ここまでたどり着くのに時間がかかりました。
      介護保険サービスは、まだまだわからないことだらけの上に、年々介護保険制度が改正されるので理解するのが難しいですね。
      しかも介護施設が乱立しすぎて、どこのサービスを使ったらよいのか選択枝が多すぎてよけい混乱します。
      母も私もお互いが心地よく暮らせることが理想的ですが、いろいろあるのも現実です(^-^;

  2. アマリリス より:

    暗くなりがちな「認知症」。でも明るく書いてくださり、楽しく読ませていただきました。

    「押してだけなら引いてみな」。
    こんな言葉通り、うまく乗せてお母さんの暮らしを支えていらっしゃいます。我が家はもう少し先かもしれませんが、とても参考になります。

    • そらはな より:

      アマリリスさんへ♪
      子育ては、子どもが日々どんどんいろんなことができるようになっていくので大変だけど楽しい。
      でも、介護って時間とともにできないことが増えていくし、先が見えないので手探り状態なんですよね。
      行政や先輩の体験話やいろんな方の力を借りていかなければ、家族もつぶれちゃいますね。
      適度に力を抜きながらやっていきたいと思っています。

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