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介護を一人で抱え込まないために最初にやること

介護は家族だけで抱え込まずに、多くの人の手を借り様々な支援やサービスを受けながらやっていくのが良いということは、重々承知しています。
しかし、介護サービスの利用の手続きをするのは、サービスを受ける本人ではなく、たいていは家族が行うものです。
よって、初めて介護サービスを利用する時に、私にはまだできることがあるのではないだろうか?誰かに頼るなんて甘えているのではないか?といった気兼ねや、自分を責める感情が沸いてきて、なかなか最初の一歩が踏み出せないという現実もあります。

介護を一人で抱え込まないためには、利用できるサービスは最大限活用し、複数の目で見守っていくことが必要であり、そのためには最初に家族が心理的ハードルを乗り越えるということが必要なのでしょうね。

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家の中へ他人が入ることへの拒絶反応

先月から、母は訪問介護サービスを利用するようになりました。
もちろんこれは、母が利用したいと言ったわけではなく、私がそのように段取りをし手続きを進めたからであります。

家の中にヘルパーさんという他人が入り、家事を手伝ってもらうということは、母にとってはとてもハードルが高いことでした。
それは、母の頑固さや気丈さ、そして「まだ私は自分でできる」というプライドの高さでもあり、これまでどんなにケアマネさんが介護サービスをすすめても、母は聞く耳を持ちませんでした。

人に頼ったり、手助けしてもらうことが、恥ずかしいことだと感じてしまうのは、母だけではありません。
私自身も、娘の私が同じ敷地内に住んでいるのに、母が介護サービスを利用したら、まるで役立たずな娘だと思われるのではないかと思っていました。

家の中に他人が入ることへの拒絶反応は、その昔家族の介護は、家族が全部背負っていた時代を知っているからなのかもしれません。

祖母の介護生活

私の祖母は、私が小学1年生の頃亡くなりました。
祖母といっても、父の母ではなく伯母に当たる方。
若くして両親を亡くした父は、子どものいなかった叔父夫婦の養子となったそうですが、いろいろ複雑な事情があり、実は私自身もこの辺の関係はよくわかっていません。

しかし、私が幼い頃は、共稼ぎだった両親に代わって面倒をみてくれたのが、一緒に暮らしていた父の伯母であり、私はにとっては「おばあさん」でした。

おばあさんの様子が変だと気が付いたのは、まだ私が4歳か5歳だった頃。
一緒におばあさんとテレビを観ていると、テレビ画面の色調がちょっとおかしかったので、当時覚えたてのテレビの色を調節するつまみを、私が得意気にいじった時でした。
テレビ画面には、湖の岸辺を散歩する女性の姿が水辺に反映され、逆さまになって歩いている様子が映ったのですが、それを見たおばあさんが突然烈火のごとく怒り出したのです。

「あんたがテレビをいじったから、逆さまになった!」と。

ちがうよ。これは水に映っている姿なんだよ。
いくらおばあさんに説明しても、わかってくれず。
4歳か5歳の私にも理解できることを、おばあさんがわからないなんて、この時初めておかしいなと思ったものです。

その後、私の記憶にあるのは、おばあさんが突然「家に帰る」といってバス停に立っていたこと。何度もおばあさんの家はここだと説明しても、おばあさんは自分が生まれ育った実家に帰ろうとしていたこと。
ほどなく、おばあさんは失禁をするようになり、それを新聞紙に丸めて押し入れに隠すようになったこと。

これらの行動を、実際に私が見たことなのか、父や母が話していたことを聞いたことなのかは、記憶が定かではありませんが、大人たちが「ボケた、ボケた」という言葉を使っていたことは、なんとなく記憶に残っています。
母は、おばあさんの介護のために、勤めていた仕事を辞めました。

私が小学校へ上がるころには、おばあさんは寝たきり状態となりました。
いつも学校から帰っておばあさんの部屋へ行くと、布団の中からおばあさんは10円を差し伸べてくれました。
今思えば、あのお金はいったいどこから出してきたのだろう・・・という謎が残るばかりです。

母が、おばあさんの介護を何年くらいやっていたのか正確にはわかりませんが、おそらく2~3年でしょうか。
昔は、家族の介護は家族がすべて面倒を見るのが当たり前の世の中であり、母も相当苦労をしたにちがいありません。

介護保険制度が始まってまだ18年。
今、介護サービスを利用する高齢者は、その昔自分たちが必死に家族の介護を経験してきた世代であるがため、他人のお世話になるなんてことは理解しがたいことでしょう。
そして、介護サービスを受けるための手続きをする子ども世代、つまり私くらいの世代も、祖父母の介護をする親を見て育った世代です。

だから、介護は家族だけで背負わない、多くの人の手を借りて家族の負担を減らすことが大事だと言われても、そこに一歩踏み出すまでにはかなりの心理的ハードルが立ちはだかるのです。

介護サービスを利用するための第一歩

母のように、ある程度自分の身の回りのことが自分で行えている場合、本人は自分から介護サービスを利用したいなんてことは思いません。
まして、認知機能が低下しているため、新しい制度やサービスのことを説明したところで、理解できないばかりか、理解しようともしません。

しかし、要支援、要介護認定されたら、なるべく早くから利用できる介護サービスはどんどん活用してくべきだと思います。
なぜならば、介護度が上がれば上がるほど、新しいことを受けれいることが難しくなるからです。

昨年、要介護1となった母に、介護サービスを利用したいと思っていましたが、母に「必要ない」と言われてしまえば、それ以上どうすることもできず。
また私も、ケアマネさんに知り合いなんていないし、乱立する介護施設のいったいどの窓口に出向いたらよいのか、本当にわかりませんでした。

介護サービスを利用するための第一歩は、まずは同じような状況の友人や知人に話しを聞き、情報を得るということ。
私は友人たちとの飲み会で、お互い親の介護の話になったときに、友人からケアマネさんを紹介してもらったことで、最初の一歩を踏み出すことができました。
持つべきものは、仲間と友人。
そして情報収集。
「知る」ということは「大きな力」となります。

また、介護サービスを利用するにあたり、母へは何度も何度も繰り返し話をしました。
「なんで私がそんなものを利用しなければならないの?」と言っていた母の心を動かした言葉は、
「せっかく介護保険料を納めているんだから、サービスをつかわないともったいないよね」でした。
母は「もったいない精神」の昭和一桁世代ですから、テキメンでした。

ヘルパーさんに感謝の言葉も

ヘルパーさんが母のところへ来るようになって、1か月が過ぎました。
主に掃除や食事の準備をしてくださるのですが、最初の頃は母がすぐには受け入れられず、すったもんだの出来事がありました。

ヘルパーを非難した母をみて認知症の介護は家族だけでは無理だと思った出来事
認知症は、新しい記憶をインプットすることは難しくなりますが、「うれしい」「楽しい」「悲しい」「嫌だ」といった感情は長い時間残ると言われています。 特に負の感情のほうはいつまでも残るので、不愉快な感情だけが独り歩きをし、行動や心理症状がます...

その時私は、すぐさまケアマネさんへ相談し、情報を共有することでヘルパーさんも母への対応の仕方を工夫してくれ、その後はとてもスムーズな関係が築けていると思います。
最近の母は、ヘルパーさんへの感謝の言葉も言うようになりました。

「掃除をしてくれて助かるわ。私は足が痛いからできないもの」
「冷蔵庫の中をみて、いろいろ作ってくれてすごいと思う」

家の中に他人が入るということに抵抗がある場合でも、本人(母)と家族(私)とケアマネさんとヘルパーさんで連絡を密に取り情報を共有することで、お互い快適な関係性を築くことができるのではないかと思います。

母のことで困ったことがあっても、ケアマネさんというプロに相談できるという心強さは、私にとっても最大の心理的負担の軽減にもつながりました。
介護サービスを受けるということは、決して後ろめたいことでも気恥ずかしいことでもなく、本人と家族がより快適な暮らしができるための明るい将来のためなのですね。

 

コメント

  1. るり玉 より:

    こんにちは。

    確かに!
    介護度が低いうちから少しずつサービスを利用してみるというのは良いことですね。
    いきなりケアマネさんやヘルパーさんといった方たちが家に入るのは、
    ほんとハードルが高いものね。

    うちの義母は、配食サービスを受けることにしました。
    まず、入院している間に足が弱って買い物に行けなくなったこと。
    動かないので食が細くなったこと。
    バランスの取れたメニューを作るのが億劫になったこと。
    近くに住んでて専業主婦の嫁である私がフォローするべきなのかなぁ、と思いましたが、
    毎日の食事をサポートするのはちょっとしんどいし、義母も気を遣うだろうし。
    で、昼食のみの配食サービスを受けることにしました。
    始めてまだ一週間だけど、1食でもバランスのよい食事が摂れることで安心した様子。
    続いて、トイレの座面が低くて立ち上がるのが大変だったので、
    肘掛けの補助器具をレンタルすることにしました。
    これまで義母は自分で地域包括支援センターとやりとりしていたのですが、
    今回から私にも「話に入ってほしい」と言ってきたので、
    ホイホイと首を突っ込んでます。
    こうして少しずつ免疫をつけておけば、
    いずれヘルパーさんや訪問看護などにお世話になる時もスムーズに移行出来そうだものね。
    そらはなさんのお母さんも少しずつ慣れてこられたようでよかったですね(*´∇`)ノ

    • そらはな より:

      るり玉さんへ♪
      お義母様、退院後順調なのですね(#^^#)
      配食サービスは助かりますよね。
      そうそう、1食でもバランスのよい食事がとれていると思うだけで安心しますよね。
      うちの母も食が細くなって多くは食べられなくなったので、少しでもいろんなものを食べてもらいたいと思っています。
      介護サービスは、まだまだわからないことだらけですが、ケアマネさんと相談しながらあれこれやっていきたいと思っています。

  2. う~りぃ より:

    こんにちは。

    そらはなさんの記事を職員目線で………時には家族の立場から読ませて頂きました。
    お母さまが明るく楽しく生活出来ているようで良かったですね。

    介護保険も色々ありますが
    介護サービスを利用して皆が幸せにならないと意味がないですよね。

    • そらはな より:

      う~りぃさんへ♪
      「介護サービスで皆が幸せになる」って・・・
      介護士さんが言うと説得力があります(#^^#)
      まだまだ使えるサービスがいろいろあるんでしょうけど、なかなか一気には進まないので、少しずつ様子をみながらですかねぇ。

  3. mrsP より:

    介護度が上がると、受け入れも難しくなる…
    本当にそうですね。勉強になります。
    介護認定のため調査を受けた当人は、そんなの必要ないって感じでしたが、
    当人に受け入れてもらうためにも、利用できるサービスはちょっとずつでも
    導入していって、いざという時に困らないようにしっかり準備しておこうと思いました。

    • そらはな より:

      mrsPさんへ♪
      身体介護だけならば介護サービスの導入もスムーズにいくのかもしれませんが、認知症が加わるとなかなか難しいですよねぇ。
      なんせ本人には自覚がないのですからね。
      うまく親をのせて気持ちよくサービスを受けてもらう。
      子どもをおだててその気にさせる、まるで子育てと一緒だなぁ・・・なんて思います。

  4. とも より:

    こんばんは。
    サービスを受け始めて、身体的に楽になると実感できるようになると、かなりスムーズに進みますね。プロに相談できる心強さは、全く同感です。

    実家の母の場合も、プライドがあり、他人に家に入られたくないタイプです。
    先日、父が不在の時に、いつもは父が作る漢方薬を母が作ったらしいのです。そして、煎じている鍋を火にかけていたことを忘れてしまったらしく黒こげに。
    父から慌てた様子の電話がありました。
    まずいなー。まずいなー。と、私もオロオロに。料理をさせないのもいけないけど、火も心配です。
    父が不在の時だけ配食を頼もうか悩んでいます。たまにはお母さんも家事がお休みの日を作ったら?と、気軽に提案してみようかな。

    • そらはな より:

      ともさんへ♪
      自分のことを自分でやろうとする姿勢は素晴らしいと思いますが、本当にね・・・火事にでもなったら困りますよね。
      24時間つきっきりで見ているわけにもいきませんし、かといってなんでも取り上げてしまうわけにもいきませんしね。
      この辺のバランスが難しいですね。
      本人が自覚を持って、潔くサービスを利用するのが一番ですが、そうなったときには、判断力理解力が低下しているだろうし・・・。
      もう、親のことよりも自分がどうなるのかが、怖ろしかったりします(^-^;