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毎日がいい日になる日記のつけ方 暗示にかけて思考を転換させる

坂道を転がるように、そして時間の流れが加速するように過ぎていくことを感じるようになったのは、ここ数年のことでしょうか。

毎日何もしていないのに1日は終わり、時間だけがどんどん過ぎていくかと思えば、なんだか虚しくなってきます。

そんな毎日を大切な1日だったと思えるよう、時間の密度を濃いものにするために、昨年は3年日記を始めました。

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日記をつける意味

長男が大学生となり、初めて一人暮らしをするために、家族みんなで引っ越し作業をしました。それが、ついこの間のことのように思えてなりませんが、実はもう6年も前なのですから驚きです。
歳をとるごとに、時間の流れはどうしてこうも加速的に流れていくのでしょう。
自分が確実に老化へ向かって駆け足をしているのだという現実を突きつけられる瞬間です。

『若い頃は一日は短く、一年は長い。年をとると一年は短く、一日は長い』というのは、イギリスの哲学者フランシス・ベーコンの言葉。
今はまだ仕事をしているので、私にとっての一日もけっこうあっという間に過ぎてしまいますが、退職後何もすることがない一日は、時間を持て余すくらい長く、そして一年はあっというまに過ぎるというのも、なんだかわかるような気がします。

特に何かあるわけでもない平凡な一日を、より充実した一日へと変えるためには、日記をつけることで充実した一日へと変化します。

昨年、3年日記を買って1行でもいいから毎日記していこうと決めたのも、自分が毎日を一生懸命生きたという証が欲しかったからです。

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お花見で

父が亡くなる前の年、父と母、そして私と姉の4人でお花見に出かけたことがありました。
家族4人の本当に水入らずの旅は、おそらく姉が嫁いで以来初めてだったので、何十年ぶりでしょう。

特別前から予定を立てていたわけでもなく、たまたま桜が満開となるその日に私が仕事がお休みで、偶然姉も実家へ遊びにくるというので、私が運転する車にのって2時間ほどのドライブを兼ねてお花見に出かけました。

天気予報では雨の予報だったのに、車で移動している間に雨雲はどんどん流れていき、現地に到着すると青空が出てきました。
広大な公園入り口で車いすを借りて、私と姉が交互に母の乗った車いすを押して、満開の桜の下を通り公園内を一周しました。

桜の花びらがひらひらと舞い、ぽかぽかとした陽だまりの匂いと頬にやさしく当たる風の音。
あちこちでシートを広げお花見客が宴会をしている中を、父が前を歩き、その後ろを姉が母の乗った車いすを押し、私がその後ろからゆっくりと写真を撮りながら歩く。

特別何をしたでもなく、ただただ園内をゆっくり周っただけのお花見でしたが、それが家族4人の最後の旅となりました。

いい一日だった

父が亡くなり数週間が過ぎたころ、父がつけていた3年日記をパラパラと開いてみました。
そこには、毎日の他愛のない出来事が記されていました。
淡々と、簡単に、その日あったことだけを書き記していて、長男が大学に合格したその日も『〇〇(長男の名前)△△大へ』とだけ書かれていました。

父らしいな・・・と思いました。

日記は、他人のために書くものではなく、自分が読み返したときに、その時の記憶が呼び覚まされればいいわけで、だからいちいち感情など書く必要がないのですもんね。

ところが、そんな父の日記をサーっとめくりながら、ふと目にとまったのが、家族4人でお花見に出かけた日のこと。

「〇〇(私)と◇◇(姉)と一緒に4人で花見へ」

そして一番下の行に

「いい一日だった」と記されておりました。

その一行をみただけで、あの日あの時の満開の桜、肌に感じた暖かな風、てくてく歩いた道のりの光景が一気に目の前に広がりました。
そうか。父にとってもいい一日だったんだ。本当に良かった。

なのに、涙が止まりませんでした。

毎日がいい日になる日記

『50歳からの人生を楽しむ老後術:保坂隆 著』には、一日一日の密度を高めるために日記を書くことをすすめています。
そしてその日記は、毎日がいいことだらけになるよう、日記の始めに「今日もいい一日だった」と書いてしまうことがいいのだと言います。

とはいえ、50歳を過ぎて、私たちを取り巻く環境は決していいことだらけではありません。
自分の体力の低下や記憶力の衰えにため息をつき、手をかけて育てた子どもはいつしか巣立ち、親の介護問題も出てくるのが50代。
毎日毎日、そうそうハッピーで楽しいことばかりではないのです。

「玄関を出たところで転んで捻挫した。最悪だ」←実話
と書くよりも
「今日もいい一日だった。転んだけれど骨折せずに捻挫で済んだのだから良かった」
と書けば、なんだか自分が幸せに思えてきます。

人間は暗示にかかりやすい生き物です。
毎日「今日もいい一日だった」と書き続けていれば、ポジティブ思考に変わっていくのです。

毎日何もない平凡な日でも、「ご飯がおいしく食べられた」だけでも幸せなんですよね。

マイナス思考やネガティブな言葉を、わざわざ日記に書き記す必要はないのです。
もしも嫌なことがあったとしても、「いい一日だった」と発想を転換できる考え方こそ、人生を最大限に楽しむことができるのかもしれません。

というわけで、2018年の3年日記も、すべていい一日で埋め尽くされますように!

必要なのは貯蓄額ではなかった 亡くなった時に家族が困らないようにするために3年日記を始めます
自分のエンディングノートなるものを準備するようになったのは、3~4年前から。 我が家の家計管理は私がやっているのですが、...

 

コメント

  1. ルイコ より:

    おはようございます。
    鏡開きで、さっそく小豆たっぷりのお汁粉を作りました。息子が剣道をやっていた子どもの頃、鏡開きの日は道場での寒稽古の後、熱々のお汁粉がふるまわれました。子ども達の嬉しそうに食べる顔に、お当番で作った母親達もにこにこでした。
    鏡開きのお汁粉であの時を思い出せるように、日記に書かれた一行が思い出の扉を開くのですね。
    そらはなさんのお花見のお話、お父さまの日記の一行、良かったなぁと私まではらりと涙が出ました。
    気持ちの持ちようひとつで、嫌なことや辛いことが良いことに変えられる。
    簡単そうで、簡単ではありませんが、新しい年を良いことで埋め尽くしてみたいと欲張っている私です(o^^o)

    • そらはな より:

      ルイコさんへ♪
      鏡開きにお汁粉♪いいですねー。体が温まりますね。
      おっしゃる通り、何事も気持ちの持ちようで良くも悪くも変えられますよね。
      生きていればいろんなことがありますが、前向きにとらえていきたいと思っています。

  2. T M ♪ より:

    まさに 日日是好日 ですね!

    お父さまのその日記を
    空花さんが読んでよかった〜と思いました。

    私も日記に再トライしようかなぁ。
    スケジュール帳じゃ何年も溜まるとパッとは見返せないですもの(特に私の書いてるのは、そう(^-^; )
    …読み返す子どもはいなくとも、
    生きている限り私に力を与えてくれるものになりそうです。

    • そらはな より:

      TM♪さんへ♪
      父が書き記したものは、山のようにあって、まだちゃんと読んでいないのです。
      いずれすべてに目を通してから捨てるなりなんなりしないといけないのですが、これが一番難しい作業かも・・・。
      日記は、自分のために自分が喜べる材料であればいいので、シンプルでいいと思ってます。
      3年日記だと、わざわざ前年のところを開かなくても、いやでも目に入ってきます。
      けっこうこれがいいなぁと思ってます。

  3. るり玉 より:

    こんにちは。

    お父様の日記。
    淡々と書き記されている分、
    「いい一日だった」の一行が、本当に嬉しかった気持ちを表していらっしゃいますね。
    お父様のその一行で、その日一日が幸せによみがえる。。。
    なんて素敵なことかしら、と思います。
    そうしたことを振り返って涙したり幸せなことを噛み締めたりしながら、
    少しずつ気持ちを落ち着かせていくのでしょうね。。。

    それに比べたら。。。
    私は親が残すものには一切触れたくないし、
    自分自身はこの世に何も残さないで静かに消えてしまいたいと願う。
    やっぱりどこか、何かを病んでいるのだわ。

    そちらの雪はどうですか?
    温暖なこちらも雪が降り、とても冷え込んでいます。
    全国の受験生の皆さんが、元気で会場に遅れることなく、
    落ち着いて試験に臨めるように願ってます(*´∀`*)
    ふぁいとー♪

    • そらはな より:

      るり玉さんへ♪
      実は、父が遺したものは、ちゃんと目を通していないものがほとんどで、この作業は膨大な時間を費やしそうなので、いずれ心を決めてとりかかりたいと思っています。
      るり玉さんは、自分の気持ちに正直に生きていけばいいと思いますよ。
      だけど、「何も残さないで静かに消える」というのは、娘さんたちにとってちょっと寂しいことかも・・・なんて思いました。
      全国的に日本海側は雪が降っているんですね。
      実は、私の住んでいる地域はほとんど積雪がなくて、ニュースでみる九州地方の積雪のほうが多くて、逆にびっくりしています。
      娘の試験も、突発的な事故などないよう、無事に終わって帰ってくることを、
      ただただ、願うばかりなり。
      応援ありがとうございます(#^^#)

  4. バタール より:

    そらはなさんのお父様の日記のひと言の感想…じーんときました。

    感想でなくても長男さんの大学合格の出来事を書く時もどれだけ嬉しい気持ちでペンを走らせたのだろうと想像するだけで胸が熱くなります。

    私も新年から日記アプリで日記らしきものを書き始めました^ ^
    私は選択した結果や失敗した事を後悔する癖があり、その対処法を考えてたら、それらをネタにして日記に書いてしまおうと思ったのです。

    大好きなエッセイストさんは、生活の中で何か不運な事があっても「よし!エッセイのネタができた(•̀ᴗ•́)و」と嬉しくなるそうで、常々その逞しさが羨ましかったのです。

    エッセイなんて書けないので日記に明るく書いてみてもいいのかな…と。

    始めて10日余り…まだまだ反省文の色が濃い日記ですが、その内自分でも笑ってしまう日記が書けたらいいなと思ってます*ᵕᴗᵕ*

    • そらはな より:

      バタールさんへ♪
      ああ、そっかぁ。
      長男の大学合格のことも、その文字に込められた想いっていうのがありますもんね。
      バタールさんに言われるまで気が付きませんでした。
      一文字、一文字、綴る時の気持ちって、たしかにありますよね。
      失敗ネタを、おもしろおかしく日記に書けるようになるということは、その失敗をすでに乗り越えている証拠ですよね。
      文字を書くということは、ひとつ課題をクリアすることでもあるんだなぁ。
      後々、自分で読み返して笑えるようなエッセイが理想的ですね(#^^#)

  5. hanamodangomo より:

    はじめまして♪

    少し前からお邪魔してました。
    今日の記事、とっても良いなあってすごく頷きながら読ませて頂きました。
    私は元来前向きな性格ですが改めて今日もいい一日だったなぁ‼️
    を習慣づけようと思いました。
    ありがとうございます

    • そらはな より:

      hanamodangomoさんへ♪
      こんにちは(#^^#)
      同じく!私も、元来前向きな性格だと、自分で思っています。
      ポジティブ思考でいれば、どんなことも乗り越えていけるとさえ思えるから不思議なものですよね。

  6. しっぽ より:

    私も昨年から5年日記を書き始めました。ほとんど備忘録的な内容だけど、子供が独立して、たまに帰ってくる子供達との時間のことを記録しておきたくなったのかもしれません。

    家族に対する愚痴とかは、後で見られたらバツが悪いので、あくまで淡々と(笑)

    (感情を吐露した日記は別口で好き放題書いてます 笑)

    平凡な日々でも、家族が無事に暮らせるにまさることはないことを噛みしめつつ。

    • そらはな より:

      しっぽさんへ♪
      ふふふふっ(#^^#)
      家族の愚痴は・・・やっぱり見られたらバツが悪いですよね。
      でも書くことで気持ちが整理できるのなら、愚痴もありですかねー。
      毎日生きていられることが幸せなんですよね。

  7. itomaman より:

    はじめましてitomamanと申します。
    「無駄を省く」「家計」で検索し辿りつきました。

    昔から「日記を書く」ことに興味がある(?気になる?)のですが
    いざノートを開くと書くことがまったく出てこないです。
    (今も子供の保育園へ毎日提出する記録簿の記入が苦手です;)

    ですが、こちらの記事を拝見し
    短くても記録することが大切でとても魅力的に思えました。

    • そらはな より:

      itomamanさんへ♪
      こんにちは(#^^#)
      日記という形で気負ってしまうと、言葉ってなかなか出てこないのかもしれませんね。
      あくまでも一日を振り返って、出来事だけを綴るのも、記憶の中での日記となっていいかもしれません。
      自分の記憶力の低下の役にも立つといいのですが・・・。

  8. 麦おばちゃん より:

    お父様、ほんとにほんとに嬉しい一日だったのだろうな、、、と
    涙腺直撃でした。

    今日もいい一日だった。
    そらはなさんと出会えたことに今さらながら感謝。

    • そらはな より:

      麦おばちゃんさんへ♪
      ほんと、歳をとるとどうしてこうも涙腺がゆるむんでしょうねー。
      自分ひとりの時ならばまだいいのですが、卒業式や入学式で他のお子さんをみただけでも涙が出そうになります。
      麦おばちゃんさんも、毎日が良い日でありますように(#^^#)

  9. とも より:

    こんばんは。
    お父様の一言。胸にグッときました。
    読みながら、ご家族で過ごされている景色が浮かんできました。
    何かの記念日や大きなイベントの思い出もよいですが、日常の何気ない場面や会話が心に刻まれるのも素敵ですね。
    私は親子揃ってという思い出はあまり無いのですが、母とは商売をしていたお店から夜家に帰る時、手を繋いで歩いたこと。その時に空に浮かんでいた月の色が思い出されます。
    父とは私が挫折して落ち込んでる時に、あれこれ聞かずに電車で海に連れて行ってもらったことですね。悲しいやら嬉しいやらで、大泣きしたことを覚えてます。

    人生も親子の関係も、良いことばかりではないし、悪いことばかりでもない。色んな思い出の積み重ねが今の私をつくったんだなと、50歳を過ぎてからよく思います。
    親と一緒にいられる時間は短いし、介護など大変な時もあるでしょうが、自分の糧になるいい日をを積み重ねていきたいなと思いました。

    • そらはな より:

      ともさんへ♪
      何気ない日常の何気ない場面って、なんだかずーっと心に残っていたりしますよね。
      忘れることも多くなってきた最近でも、幼い頃の記憶がいつまでも忘れられなかったりします。
      「モノより思い出」ってフレーズがありましたけど、その通りだなーって思います。

  10. 青海 より:

    そらはなさん。
    お久しぶりです^^ 二度目のコメントです。いつも楽しみに読ませてもらっています。

    歳をとるほど時間が経つのがはやく感じる・・・というのは「ジャネーの法則」と言うそうですね。外国の偉い学者であったジャネーさんが考え付いたものだそうです。

    私も10年ほど前に亡くなった実父の日記を持っています。
    父の書いた字を見れば「ああ、この頃から体調が良くなかったんだ」とか、「気難しさは気の弱さの裏返しだったんだ」とか、気づかされたことも多く、私自身の性格との共通点も見つけられたりして、好きだった父をますます愛おしく思いました。

    私自身も日記をつける組(笑)です。独身の頃から、もう何十冊あるでしょう
    でも、そろそろお片付けもしていかねば・・・なんて思ったりします。
    父の日記と一緒に、いつかお片付け。
    「これからやることリスト」に、ひっそり記しているんですよ(^-^)

    今年も素敵なブログ、頑張って下さいね。楽しみにしています

    • そらはな より:

      青梅さんへ♪
      こんにちは(#^^#)
      ジャネーの法則、調べました。なるほど、その通りだと思いました。時間の心理的長さは人によってちがえども、やはり年々短くなっているのは感じますね。
      私は、いまだに父の日記を読み返すことができなくて・・・。
      戸棚の中に何十冊とあるのですが、突然亡くなってしまった父のことを想うと、まだまだやりたいことはたくさんあっただろうに・・・と切なくなってくるんですよね。
      いずれ父の日記をきちんと開ける日がくることを願ってます。
      「これからやることリスト」はいいですねー。私も今年やりたいことをリスト化してみよう(#^^#)