お盆で物忘れが悪化した 認知症の環境不適応

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父の新盆で、自宅には孫5人が一同に集まりました。

また、遠方に住んでいる方が、帰省のさいに父の仏壇にお水をあげにきてくれて、母にとっては見知らぬ客人数名と接する機会が何度かありました。

 

そして、母の物忘れ症状は再び悪化したのです。

 

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認知症の環境不適応

認知症の人の生活環境、生活習慣、人間関係などが変わると、適応できずに混乱し、認知症の症状が悪化すると言われています。

このような環境不適応の場合、新しい環境に慣れると症状は落ち着くのですが、できればなるべく環境を変えないようにするのが望ましいとされます。

 

伯母は2~3年前から認知症の症状が出てきて、今では私のことはわかりません。

夫である伯父が伯母の面倒を一手に引き受けてみているのですが、今年になって長男夫婦が同居するようになりました。

そのとたん、伯母の認知症はますます悪化し、長男が結婚して奥さんがいることすら忘れてしまったようです。(目の前に奥さんがいるにもかかわらず)

 

「認知症は、環境を変えるとダメなんだよなぁ」と伯父がしみじみ話していました。

長男夫婦が同居するようになって、これで伯父と伯母も安心だと思っていたのですが、事態は逆効果だったのです。

わずか2日間の出来事

姉の子どもは2人とも社会人。
私の子どもは1人は社会人、1人は大学生、そして高校生の娘。

みんなそれぞれ大きくなり、昔のように全員が家に集まるということがなくなりました。

今年は父の新盆で、久々に全員集合(次男だけはバイトがあるので一足先に帰りましたが)で、にぎやかなお盆となりました。

 

さらに、父の葬儀には来られなかった遠方に住む方々が数名、お水をあげに自宅にきてくれました。

何十年も前に父にお世話になったと言いますから、母にとっては見知らぬ方。

 

このわずか2日間の出来事で、どうやら母は再び混乱してしまったようです。

 

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母の混乱状況

何度も同じことを聞く

訪ねてきてくれた方の名前と訪問日時を一生懸命ノートに書き留めていた母ですが、数分ごとに「このお供え持ってきたの誰だ?」「この名前の人、いつ来た?」と聞いてきます。

5回くらい繰り返し聞いては納得し、何度もメモをとるのですが、数時間後にはあわてて私を呼びにきては仏間へ連れていき、「このお供え持ってきたの誰だ?」「この名前の人、いつ来た?」と、質問攻め。

母の目の前に登場した見知らぬ人物は、母にとっては大きな不安材料だったのです。

 

孫の状況がわからなくなる

次男が一足先に帰った翌日、「(次男は)いつ来るんだ?」と聞く母。

長男が帰る日の朝、仏壇に手を合わせていると、母が「おじいさん、○○(長男)が帰るよ」と語りかけていたのに、翌日になって「(長男は)居るのか?」と聞く母。

 

姉から聞いた話では、姉の長男が結婚していることすら忘れているようだった・・・とのこと。

 

孫が5人も一度に集まれば、誰が誰だかわからなくなるのは、高齢ゆえにしかたがないのかもしれませんが、記憶力障害や見当識障害は、母が認知症だと思わずにいられない出来事でした。

 

お金のことを気にし出した

父が亡くなってから銀行口座の相続の手続きをしていた私に、連日攻撃的な言動をしていた母が、ついに私のことを「泥棒だ」と言った日には、さすがの私もブチ切れました。

しかし、認知症の薬を飲みだしてからは、なんだか言動が穏やかになった母。

それが薬のおかげなのか、私も認知症についていろいろ勉強し対応の仕方を変えたことがよかったのか、父が亡くなってから時間の経過とともに母も落ち着きを取り戻したせいなのかは定かではありませんが・・・。

それでも、薬を飲むようになってよかったなぁ・・・と、ほっとしていた矢先の今回のお盆。

母が、再びお金のことを気にし出してきたのです。

 

「(父の)お金はどこにいったのか?」「誰が持っているのか?」「いくらあるのか?」

それまでは、「ちゃんと私が管理しているから大丈夫だよ」と言えば安心してそれ以上は聞くことのなかった母が、お盆が明けて日常生活に戻ると、再びお金のことを心配するようになりました。

 

実は父の口座のお金は、私の名義の通帳に入れたままなのです。
結局、何かあってお金が必要になったとき、銀行の窓口に行くのは私なので、出し入れ管理しやすいように、私の名義のままにしています。

相続の手続きをした私名義の口座に、父のお金が移ったことで、母が私を「泥棒だ」とか「相続争いをしている」などと言った原因でもあったのですが、今回もお金のことを聞かれた時には、思わず(やばい)と心の中でつぶやきました。

 

こうなると、母の起爆スイッチがどこにあるかわからないので、「(父のお金は)手続き中だよ」と話しました。

少しややこしい手続きの話も交えながらあれこれ話すと、母はそれ以上理解できなかったのか「人が死ぬと大変なんだね」と言って、それ以降は聞くことがなかったので、(セーフ!)と心の中でガッツポーズをしました。

 

ああ・・・、起爆スイッチを押さなくてよかったよ・・・。

認知症の人と接する原則

母はまだ、食事を作ったり掃除をしたりお風呂に入ったりと、自分の身の回りのことは自分でできるので、厳密に言えば認知症ではないのかもしれません。

しかし、いずれ認知症へ移行していくであろうと思われる軽度認知障害であることは、間違いありません。

父が亡くなってから母と接していて気付いたことは、不安材料は与えない、安心することだけ話す・・・これが母と接する大原則なのだと思いました。

 

あれこれ事細かに説明しても、母は記憶力、判断力は低下しています。

ましてや、父が亡くなったことで生じたあらゆる手続き関係という新しい出来事は、一切覚えようとしませんし、覚えることもできません。

最初のうちは、母が不安にならないよう、すべて話して安心させることがベストだと思っていたのですが、それが混乱を招き逆効果だということに気づいたのは、父が亡くなって1か月ほど経った頃。

 

母が何度も同じことを聞くことに対しても、何度も同じことを答えればいいのだと思っていましたが、最近では母が同じことを聞くのは、その先にある何か不安なことがあるからだということに気が付いたのです。

その不安に対して安心させる答えをいち早く見つけることが、最近の私の課題。

モノの見方を少し角度を変えてみると、謎解きのようで少しだけ楽しかったりもするのです。

 

まだまだ見つけることができない答えがたくさんあるんですけどね・・・。

認知症は脳の老化

人間は誰もが必ず認知症になると聞きます。

その発症が早いか遅いか、認知症を発症する前に病気で亡くなるのが先なのかは、自分自身でもわからないことですが、認知症になりにくい生活を心がけることは、今からでも十分にできるのです。

 

母が物忘れがひどくなったことで、私は認知症についていろいろ勉強するようになったし、これからも多くの難題が出てくると思われますが、それも私が認知症にならないための準備なのだと、母には感謝しようではありませんか。

イライラしそうになるときは、モノの見方を強引に180度無理やり変えるという、私の回避策でもあります。

 

コメント

  1. しろみ より:

    そらはなさんのポジティブシンキングは素晴らしい!

    誰も好きで認知症になるわけじゃないものね
    周りの人の対応は とっても大切です

    私も ギリギリまで 母をアパートに置いて 私が泊まり込んだのには
    環境を変えたくない気持ちからでした。やっぱり 私は結婚前の娘に戻り
    主人はどちら様?状態でしたよ

    それでも そらはなさんの様に 柔軟な対応が出来たかというと 自信ないです
    母には 謝らなきゃいけない事も沢山あったよ
    天国で あの頃の事 理解してくれてるかなぁ…

    • そらはな より:

      しろみさんへ♪
      しろみさんのお母様は、最後は天使のような笑顔だったんですよね。
      それがすべて物語っているような気がします。
      認知症は、日々変化していきますから、とまどうこともたくさんあります。
      私は、母が何度も同じことを聞くのは全然かまわないのですが、怒りのスイッチをどこで押してしまうか、それがとってもドキドキするんですよね(;^ω^)
      きっと母も少しずつ進行していくんでしょうけど、柔軟な対応はやっぱり難しいですね。
      毎日、楽しいことをたくさん考えるようにしています。

  2. とも より:

    そらはなさん、こんばんは。
    お盆はお子様が帰省されて、賑やかだったでしょうね。うちも息子が帰省してます。

    お母様の認知症の悪化、驚かれたことでしょう。
    日常と違う出来事は、混乱の原因になったりしますね。冷静に対応されていることに、感服いたします。
    私なんか、えーまたーとか、本人には言いませんが、心の中でブツクサと文句を言ってました。
    認知症はジグザグに進む感じなので、体調不良などをきっかけに悪化することもあります。
    たぶん、そらはなさんも、その度にドキっとされると思いますが、自分自身も緊張が続くと、ストレスが溜まります。
    私は、何度も逃げだしたい気持ちになり、接するのがツライ時は、最低限の注意だけ払って、自分1人の時間を作ってました。その方が、優しく接することができました。
    段々と子供に返っていく、そんな感じでしたから、小さい子を諭すように話すと、おじいちゃんも安心してくれました。
    親子が逆転するのは悲しいことですが、お互いに心安らかな時間を過ごせるといいですね。

    • そらはな より:

      ともさんへ♪
      ありがとうございます。
      こうやってアドバイスいただけると、なんだかほっとします。
      私も母と接しながら心の中では(でたー、まただよ)とかつぶやいていますが、こんな自分がなんだかおもしろおかしくて、笑える余裕が出てきたのかな・・・って思っています。
      だんだん、子どもに返っていく・・・って、すごく悲しいことですね。
      でも、そういう覚悟があれば、また柔軟に対応できそうな気がします。
      心が穏やかでいられることが、何よりも一番ですね。