家計簿をつける理由は老後の不安の解消でもある

家計簿をマネーフォワードに移行してから、めちゃくちゃ管理が楽になりました。
基本的に食料品や日用品は電子マネーで支払っているので、自分で入力する必要がなくなったのです。

こんなに楽な家計簿ならば、今後もずーっと続けていけそうですが、私が家計簿をつけている理由は、老後の不安を減らすためなのです。

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家計簿をつける理由

1.家計を見直したい
2.無駄な支出を減らしたい
3.貯蓄したい

3年前のブログには自分自身でこんなことを書いていました。

まだまだ教育費に莫大にかかる我が家の家計なので、以前のように貯蓄はできませんが、無駄な支出は極力減らしていきたい。

子どもたちが望む進路は極力応援してあげたい。
できれば奨学金など借りずに社会に送り出したい。

そして、3人の子どもがすべて社会人になったとき・・・。
私も夫も、老後は極力子どもたちに迷惑をかけない生き方をしたい。
そのためにも、やっぱりお金は必要なのです。

がんばらない節約とシンプルな暮らし
http://nettosyuunyuu2012.blog.fc2.com/blog-entry-571.html

当時は、大学生、高校生、中学生の3人の子どもを抱える我が家でしたので、いかに無駄を減らしていくかというのが課題でもありました。
収入は限られている。出ていくお金も決まっている。
ならば、家計を見直して無駄を省くことが、無理せず節約できることだと思ったからです。

あれから3年。
長男は社会人となって経済的にも独立したので、以前よりは少しは家計も楽になりました。
しかし、今家計簿をつけている理由は、当時と変わりつつあります。

老後の不安

とあるアンケート調査によれば、老後の不安理由の第一位が「お金に関すること」なんだとか。
老後に必要なお金は、3,000万円とも5,000万円とも言われ、そんな情報がさらに不安に拍車をかけるのですよね。

例えどんなにお金を貯めても、老後の不安が解消できない理由は、自分が健康で何歳まで生きるかわからないから。
教育資金を貯めるには、ある程度予測がつけられますが、老後資金は先がわかりませんものね。

だからこそ、私は家計簿をつけるのです。
自分の生活にいくら必要で、いくらお金があれば暮らしていけるのかが予想できるからです。

年金収入

ねんきん定期便も気になる年頃になりました。
自分の年金がいくらもらえるか気になるくらい、歳をとった証拠ですね。

一般的に年金は、現収入の6割程度になると言われています。
ならば、その年金収入で暮らしていけるよう、今から暮らしをコンパクトにし、スムーズに年金生活に移行できるよう、整えていく時期が50代の今なのです。

家計簿をつけている理由は、不安なく年金生活へ移るためでもあるのです。

老後の趣味

父が亡くなったことで、仏教とかブッタの教えというものに興味を持つようになりました。
怒らない、比べない、求めない、幸せを知る、悟る、死と向き合う・・・などなど、ブッダの教えが今の自分の考えに一番しっくりくるのです。

退職したら、神社仏閣巡りをしたいなぁ・・・なんて考えていたところ、友人も同じように「神社仏閣に興味がある」と言うではありませんか。
そして彼女から、「御朱印帳」というものを教えてもらいました。

ビビビっときました。決まりです。
私はこれから神社仏閣巡りをし、御朱印をもらってその意味を考える旅をしたい。
御朱印帳があれば目的もできるし、これからの自分の生き方の指標にもできます。

趣味は神社仏閣巡りと言えるよう、体も元気でなくてはならないってことですが、目標ができるとなんだか生きる気力がわいてきます。

もちろん、劇団四季を観るというのも大きな目標です。というか、今の私はこっちの比重大ですが。

50代の家計簿をつける理由

まだ2人の子どもは学生ですので、教育費はかかります。
しかし、今の私が家計簿をつけている理由は、「老後の不安を減らすため」というのが一番の理由になりました。

家計簿をつけているおかげで、毎月教育費にいくらかかるのかがわかります。
年間でいくらかかるのかもわかります。
すると、教育費を差し引いた額が、夫婦2人にかかるお金だというのがざっくり把握できます。

老後は、年金収入でやっていけそうだということがわかり、少し安心しています。

しかし、問題は60歳で退職してから年金をもらうまでの4~5年間。
この期間の暮らしを資産運用で増やすのが、50代の目標でもあります。

死ぬときに持っていけるもの

ブッダの言葉で「死ぬときに持っていける唯一のもの」というのがあります。

食べ物もお金も貴金属も、いかなる所有物であっても、君が死ぬときには、持っていけない。

(略)

死ぬときに唯一この手に残るのは、君がこの人生で行動してきた身体の業(カルマ)と

話してきた言葉の業と

心の中で考えてきた思考の業、

たったそれだけ。

(略)

業は、未来の君にとっての、ただひとつの財産となる。

超訳 ブッダの言葉(小池龍之介 編訳)

いやぁ、別に宗教家になったわけではないのですが、今の私にとっては妙に心に染み入る文字です。

お金もあの世には持っていけないってことですが、体も心も豊かに暮らすためには、老後も自分の暮らしに必要なお金は把握していなければなりませんよね。

だから私にとって家計簿は大事なのです。

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コメント

  1. ルイコ より:

    こんにちは。
    そらはなさん、素晴らしいです。
    老後のことを考え、家計簿をつける。生活の資金を把握しておけば、不安は一つなくなります。お金は死んで持っていけませんが、生きている間は必要ですものね。
    あとは健康に気をつけ、おかしいなと感じたら、早めに医者に診てもらうことでしょうか。後回しにしていた私、入院、手術を繰り返し、ロスがありました。痛い思いと引き換えに、生きているだけで凄い、悩む時間があったらやりたいことをやろうと、教えられました。
    そらはなさんの好奇心、大事にしてください(^^)v

    • そらはな より:

      ルイコさんへ♪
      お金があっても幸せになるとは限りませんが、お金がないと生きていけないのも事実ですもんね。
      ルイコさんは、入院や手術をされたのですね。大変でしたね。
      そういう経験は、必ずや今後の生き方に影響しますよね。
      やりたいことをやりましょう。与えられた時間があとどれくらいあるかわかりませんが、なんでも経験って大事だなと思います。
      好奇心、バリバリです(^^;)

  2. とも より:

    仏陀いいですね。
    仏教に限らず、宗教の言葉は時代を超えて普遍的ですね。
    私は三帰依文の最初のところが好きです。

    『人身受け難く、今すでに受く
    仏法聞き難く、今すでに聞く
    この身今生において度せずんば、いずれの生に
    於いてかこの身を度せん。』以下省略

    自分では気づかないけれど私自身の命を生き、気づかないうちに仏法を聞いている。要するに一生に一度しかない命を生きなさい。みたいな意味だと受け止めてます。

    神社仏閣巡りいいですね。京都での宿泊のオススメはじゃらん経由で予約した『ベッセルカンパーナ京都五条』ですね。京都駅から地下鉄で一駅の五条駅すぐです。ツインで泊まりましたが、ゆったり座れるソファもあり、夜のおしゃべりはとても寛げました。大浴場もあります。
    そして、京都地下鉄、バス2日乗車券もオススメです。2日間乗り放題で、拝観料割引券付きの路線地図ももらえます。1日のもあります。
    京都はバスを駆使すれば、あまり歩かずで目的地に着きます。京都駅で荷物を預けたら、目の前がバスターミナルです。それでどこへでも行けます。私もいつか行きたい京都迎賓館も開館していれば見学できるので、ぜひぜひオススメです。

    • そらはな より:

      ともさんへ♪
      キリスト教でも仏教でも、やっぱり心のよりどころを求めるようになるのは、死というものを身近に感じるようになったからなんでしょうね。
      「三帰依文」って言葉、初めて知りました。
      まだまだ仏教初心者です。これからいろんなことを学んでいきたいなぁ。
      ところで、京都情報ありがとうございます。
      実は、もしかしたら来年京都へ行く機会があるかも・・・で、しかし京都は修学旅行で連れられていったきりで、まーったく情報がわからない未知の場所なので、なんだかタイムリーな話題でうれしかったです。
      バスが意外に便利なんですね。これからいろいろ調べてみようと思っています。

      • とも より:

        行かれることが決まったら、また色々と情報発信しますねー

        • そらはな より:

          ともさんへ♪
          わーい(*^▽^*)
          ありがとうございます。

  3. T M ♪ より:

    ある日、心と頭に刻まれ手についたものこそ〝財産〟なんだ!誰も奪えない!と 閃いたんです。
    すごいこと思いついた、私!(幼かった 笑)と思ったら…
    既に何千年も前にそういう考え、教えを説いたものがあったと知ってorz うわー…と思いました。
    打ちのめされ感?(笑) 世界の凄さに。
    そういうこと含め、たくさん心と頭に刻みたいです。
    モノより思い出─── キャッチコピーありました。アレもとどのつまりはそういうことですよね?

    生きているうちは必要な、カラダとお金とも
    もちろんうまくやっていきたいです^ – ^

    仏教といえば…!
    先日 運慶展を見てきました、混んでました〜(>_<) 雨だったのに…
    仏教の教えと仏像はもちろんベツですが、
    神社仏閣巡りの中で、ぜひ仏像とも巡り合ってくださいー(^-^)/

    イエイエ、私は仏像マニアではないです(^◇^;)
    美術品の一種として拝見しました。
    美術品としても どちらかというとギリシャやキリスト教の彫刻の方を好みます。
    そんな私も、圧倒されました。素晴らしかったです。雑踏の中 拝みそうになりました(๑˃̵ᴗ˂̵)
    技術も 形態・空間把握のセンスも もちろんすごかったのですが、
    作った人の精神が今も宿っているかのようで! 時の淘汰に堪える作品、すべからくそうであるように。
    それこそが芸術たる所以ですね。

    それでね、御朱印帳が展覧会グッズとして置いてあったんですよ。和綴じと屏風折りとありました!願成就院製ですって。
    やはり人気なんですね〜〜♪
    私、子どものころ、御朱印もらって回っていました。
    エライと言われ、得意になってました(๑˃̵ᴗ˂̵)。
    もちろん写経を納めたわけではございません(笑)。(写経を納めた受け取りが、御朱印なんですよね)
    あ、でも、神社にも御朱印ありますね!
    そちらはどんな意味があるのかしらね。

    私のは文具屋さんの奥から出してもらった、屏風折の、シブーイモノでした。
    思えば、観光地スタンプも押してました(><)
    空花さんの記念すべき御朱印始めは
    どちら様になるのでしょう?!楽しみにしています♪( ´▽`)

    • そらはな より:

      TM♪さんへ♪
      仏教にしてもキリスト教にしても、永い間人々の心の支えになっているものは、それだけ惹きつけられる魂の叫び?みたいなものなんでしょうね。
      モノより思い出です、ほんとに。
      でも、ある程度のモノがなければ暮らしていけないし、お金も然り。自分の価値観にあった使い方がしたいものです。
      TM♪さん、子どものころから御朱印もらっていたなんて!神童だわ~(*’▽’)
      御朱印は、ただ集めて回るだけではなく、その意味もきちんと理解してこそなんだと思いました。
      買った御朱印帳は60個分、御朱印が記されるようになっているもの。
      御朱印帳を埋め尽くすまで、元気で回れるかな・・・。これも、今後の生きる目標になりそうです。