「皿くらい手で洗えばいい」から20数年|60歳シニア夫婦2人暮らし、ついに食洗機を導入した理由

リノベーションの打ち合わせ中、夫と話していました。
「食洗機は要らないよね。」

料理担当は私。
洗い物担当は夫。
夫がそう言うのなら、それでいいか。
60歳の夫婦ふたり暮らしに、食洗機なんて贅沢かもしれない。
今さら必要? どうせ使わなくなるかもしれない。
そうやって、自分を静かに納得させていました。

でも、その“当然”は、思いがけず揺らぎました。

標準仕様に、深型食洗機

キッチンの標準仕様に、深型食洗機が含まれていると知ったとき、正直、心が躍りました。

え?
もしかして、人生初の食洗機?

思い返せば20数年前。
実家を二世帯住宅に増築した頃、テレビで「食洗機は手洗いよりキレイで節水になる」と知り、心が動いたことがありました。

“つけたい”
あの時そう思ったのに、母にこう言われました。
「皿くらい手で洗えばいいでしょう。」
その一言で、私は黙りました。

でも今は違います。
決めるのは、私たちです。

その事実に気づいた瞬間、胸の奥にしまっていた小さな願いが、どんどん大きくなるのがわかりました。

▲食洗機をつけることができなかったキッチン

シニアの手に、水仕事はやさしくない

冬になると、指先の爪の横が割れます。
地味だけれど、じんわり痛い。

ここ数年は、夫も同じです。
皿洗い担当として頑張ってくれているのに、せっせとハンドクリームを塗る姿を見ると、少し切なくなります。

お湯と洗剤。
60歳を過ぎた手には、なかなか厳しい組み合わせです。

考えてみると「今できるからやる」家事を、私はいったいいつまで続けるのだろう。
そう思ったら、食洗機はぜいたく品ではなく、体を守るための道具に見えてきました。

母の姿が、未来の自分と重なった

母は80歳を過ぎた頃から、だんだんお皿をきれいに洗えなくなりました。

視力の低下。
認知機能の変化。
責める気持ちはありません。
誰にでも起こり得ることです。
そして、“私も、いつかそうなるかもしれない”

だったら今のうちに、機械の力を借りる暮らしに慣れておくのも悪くない。
そう思えたのです。

友人たちは「もう戻れない」と言う

マンション住まいの友人も、賃貸で後付けを使う友人も、口をそろえて言います。
「食洗機のない生活は考えられない」と。

高温洗浄で衛生的。
乾燥まで完了。
手荒れしない。
時間と気力が残る。

せっかく生まれ変わるキッチンです。
水切りカゴが主役の景色は、正直もう卒業したい。
そう思う自分もいました。

そして、決めました

食洗機を入れることにしました

しかもグレードアップまで。

どうせなら、中途半端にはしたくない。
洗剤自動投入機能も、消臭機能もつけました。
贅沢かもしれません。
でも、後悔はしたくなかった。

これまで私たちは、子どもの学費を優先し、親に遠慮し、「まだ使える」を口ぐせにしてきました。

あの頃は、それでよかったと思っています。
でも今は、違う。

60歳は、諦める年齢ではなく、選び直せる年齢だと思うのです。

60歳、人生初の食洗機。
まだ家は完成していません。
食洗機とも、まだ対面していません。
使ってみなければ、本当の良さはわからないでしょう。

それでも今、心は素直にワクワクしています。

家事を頑張るより、家事を減らす仕組みをつくる。
これからの10年は、そうやって体力と気力を温存しながら、やりたいことに時間を使いたい。

20数年前、言えなかった「つけたい」を、今の私が叶えることにしました。

 

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