完成まで、あと1か月。
工事が進むほど、期待と不安が交互に胸の中を行き来します。
高断熱・高気密のスケルトンリノベーション。
冬は暖かく、夏は涼しい家。
階段のない平屋。
掃除も管理も、これからの私たちに無理のない間取り。
「これからの人生を穏やかに暮らすための家」
そう理解しているのに、ふと心の奥でつぶやく声があります。
……これ、新築のほうがよかったのでは?
費用の数字の重さ
減築リノベーションの費用は、体感では新築の8〜9割。
あと1〜2割出せば、もっと自由で、もっとすっきりした新築の家が建てられたのではないか。
そんな考えが、時々ひょっこり顔を出します。
週に一度の打ち合わせでは、毎回なにかが変わります。
・ 抜けない柱
・ 設備の位置変更
・ 屋根のバランスの調整
そのたびに思うのです。
新築だったら、もっと「合理的な家づくり」ができたのではないかと。
そして何より怖かったのは、お金でした。
老後資金。
これからの医療費。
物価の上昇。
これまで扱ったことのない大きなお金が動くたびに、手が震えました。
壊せなかった理由
それでも、最初から「実家を完全に解体して新築を建てる」という発想は、私の中にはありませんでした。
施設で暮らす母。
もう会えない父。
「家はどうなったの?」と聞かれたとき、私はどう答えるのだろう。
60歳になっても、まだ親のことを気にしている自分もどうかしてると思いますが、家を守ることが親孝行だとは決して思っていません。
でも、すべてをなかったことにする勇気もありませんでした。
壊さなかったのは、情でも義務でもなく、自分の心が納得できる形を選びたかったからなのだと思います。
正解ではなく、背負える選択
減築リノベーションを選んだことは、今もよかったと思っています。
けれど週に一度の打ち合わせで何かが変更になるたび、
「新築のほうが楽だったのでは」と迷いが顔を出します。
でも同時に思うのです。
ここまで家と真剣に向き合う時間は、今までなかったと。
そして、もしすべてを解体してしまっていたら、私はもっと長く「あれでよかったのかな」と悩み続けていたかもしれません。
完璧な正解なんて、きっとどこにもない。
でも、自分が背負える選択をしたことは後悔していません。
固定資産税。
これからの光熱費。
年齢を重ねたときの体力。
夫婦ふたりの暮らしのサイズ。
いろいろな数字と現実を、ちゃんとテーブルの上に並べて。
そのうえで出した答えでした。

電気の配線が張り巡らされていた
春になったら
雪がとけ、やわらかな光が差し込むころ。
生まれ変わった家の中に立ったとき、私はまず自分に言いたいのです。
「よく悩んだね」
「よく決断したね」
それは父のためでも、母のためでも、誰かに評価してもらうためでもなく。
ここまで迷って、怖がって、それでも前に進んだ自分に向けて。
そしてきっと最後は、こう思うのだと思います。
この家には、ちょっと遠回りした私の時間がちゃんと詰まっている。
この春、誇りたいのは家そのものではなく、決断した自分自身です。


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