「完工が10日ほど遅れます」
その連絡を受けた瞬間、頭の中では、生活の計算が静かに狂い始めました。
真っ先に浮かんだのは、新居のことでも費用でもなく、“冷蔵庫なし・洗濯機なしで10日間暮らす”という、あまりにも現実的な問題。
60歳の私には、もう「なんとかなる」は残っていないのです。
家電だけが先に引っ越すという現実
3月下旬の繁忙期を避けて、引っ越しの日程は早めに確保していました。

家電は私たちより数日早く、新居へ運び込まれる予定です。
ところが完工が遅れるとなると、
家電だけが先に家へ入り、私たちは10日遅れて追いかけることになる。
つまり——
10日間、冷蔵庫も洗濯機もない生活を、仮住まいで送ることになります。
「10日くらいなら、なんとかなるかもしれない」
最初は、そう思いました。
洗濯は“なんとかなる”。でも、現実は重い
3日に一度、仕事帰りにコインランドリーへ寄ればいい。
方法としては、それで十分です。
ただ、私はコインランドリー未経験。
乾燥機の回る音を聞きながら待つ自分を想像すると、仕事帰りの身体に、ひとつ“寄り道”が増えることの重さが、じわりと迫ってきました。
人生のなかの、たった10日間。
それでも、日々のリズムは簡単に崩れます。
そして、崩れたリズムは、思ったより心を削るのです。
冷蔵庫の不在は、もっと深刻
冷凍庫には、うどん、餃子、アサリなど。
そして、いただきものの少し特別なハンバーグ。
これは焦って消費するものではありません。
新しいキッチンで、背筋が少し伸びるような気持ちで焼きたい。
さらに、毎朝欠かさない水切りヨーグルト。
どハマリしているだけに、これがない朝なんて考えられない!
“いつもの朝”が失われることは、
想像以上に大きいものだったのです。
夫のひと言が連れてきた未来
「洗濯機だけ業者に頼んで、冷蔵庫は自分たちで運べるんじゃない?」
そのひと言に、私は「えっ」と言ったまま固まりました。
“自分たち”の中には、当然、私も含まれていますよね?
60歳夫婦で、アパート2階から冷蔵庫を運び出す姿を思い浮かべました。
階段でつまずく。
腰を痛める。
足の上に落とす。
冷蔵庫が壊れる。
その未来が、妙に鮮明でした。
若いころの「なんとかなる」は、
もう手元に残っていないのだと、静かに思い知りました。
一晩考えて決めたこと
引っ越し日を変更しました。
繁忙期の3月下旬。
予約は難しいだろうと思っていましたが、幸い希望日に空きがありました。
ただし、料金は1万円アップ。
リノベで大きなお金が動いているせいか、
「1万円で済むなんて、むしろ安い」
そんな自分に、少しだけ苦笑します。
けれど冷静に考えれば、1万円で避けられるものは、ずいぶん多いのです。
・10日間の小さなストレス
・冷凍食品の“強制消費”
・ヨーグルトのない朝
・夫婦の無駄な衝突
・そして、階段での事故と怪我
1万円で10日間の平穏が買えるなら、迷う理由はありませんでした。
60歳の選択
若いころなら、きっとこう言っていたでしょう。
「10日くらいなんとかなる」
むしろ追い込まれた状況を、面白がる癖さえありました。
「サバイバル生活じゃん」と。
でも今は違います。
体力も、回復力も、時間も、すべて有限。
無理をしないという選択は、弱さではなく、今の自分を守るための知恵なのだと思います。
新居で焼くハンバーグ。
新しいキッチンで食べる水切りヨーグルト。
その小さな楽しみを、きちんと味わうために。
私は、10日間のサバイバル生活を、静かに手放しました。

家ができあがる前の、この一瞬だけの表情を残しておきたい。

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