父の遺品整理で見つけた戦時中の日記と手放すことの意味

実家の片付けを、淡々と、そして着実に進めています。
今月末には、再び回収業者に来ていただく予定です。

前回は大型家具を処分しましたが、今回は洗濯機やガス台、タンスのほか、家のあちこちに散らばっていた“小さな、でも使われていないモノたち”が対象です。

和室の掛け軸、壊れた照明器具、物置の奥で眠っていた古い容器…。
ひとつひとつ手に取って集めていくうちに、6畳間があっという間に不用品でいっぱいになってしまいました。

そんな作業のなか、私はふと、父の書斎に残された「天袋」と向き合うことになりました。

開かずの棚の向こうにあった、忘れられた時間

父が亡くなったあと、書斎の大量の書籍は時間をかけて処分し、本棚も机の引き出しもすっかり空になりました。
その部屋は今、夫の仕事部屋に変わっています。

けれど──書斎の「天袋」だけは、ずっと手をつけられないままでした。

高い位置にある木製の扉をそっと開けると、そこにはぎっしりと本が詰め込まれていて、一度はその圧に負け、思わず扉を閉じてしまったこともあります。

「また今度、時間ができたら」──
そう先延ばしにするうち、気がつけば9年の月日が経っていました。

けれど今回は違いました。
「今度こそ、すべて出し切ろう」──そう心を決め、天袋の片付けに取りかかったのです。

「大東亜戦争終了す」──父の文字が語る、戦時の青春

天袋の中は、まるで時間が止まったかのような空間でした。
分厚い専門書、古い辞書、昭和の雑誌がぎっしりと詰め込まれ、その重みと気配に、これまで目を背けていた理由がよくわかりました。

そんななか、古びたノートが数冊出てきました。

表紙には「日記」とあり、昭和19年〜21年まで綴られたもの。

ページをめくると、丁寧な筆跡で書かれた文章が現れました。

▲80年前の父の日記!戦争色が濃い!

「午前中は工場で働いた」
「食糧難で学校が休校になった」
「豫科練の試験に合格した」

どれも淡々とした記録でしたが、そのなかの一ページ──
そこには赤い文字で、大きくこう記されていたのです。

「大東亜戦争終了す」

昭和20年8月の日記

昭和20年。父が16歳の時です。

昭和一桁生まれの父が、思春期を戦時下で過ごしていたことを、私はあらためて知りました。

いつも好奇心旺盛で、なんにでも挑戦し、「不可能」という言葉とは無縁のように見えた父。
けれどその内側には、こうした戦争体験が静かに横たわっていたのだと──。
この日記が、そっと教えてくれたのです。

モノを手放すことで、記憶はより鮮明に蘇る

実家の片付けは、ただの「要・不要」の仕分け作業ではありません。

まだこんなに本類があったー!

それは、過去と向き合い、思い出と再会する静かな旅のようだと感じています。

不要だと思っていた箱の中に、大切な記憶がひそんでいたり。
家具の下から出てきた紙切れが、懐かしい手紙だったり──。
モノを手放すことは、決して記憶を失うことではありません。

むしろ、その瞬間にこそ、記憶はよりくっきりと浮かび上がってくるのだと思うのです。

「あと一息、出し切ろう」──新たな一歩へ

6畳ほどのスペースを埋め尽くす不用品の山を見ると、思わずため息が漏れます。
「まだ、こんなにあったのか」

それでも、同時にこんな気持ちも湧いてきます。
「ここまで、よくやったな」と。

先日片付けた実家のリビングは、あっという間に不用品で埋め尽くされた

長年手をつけられなかった実家の“奥の奥”。
そこにようやく向き合えたことは、私にとってひとつの節目でした。

今はただ、「あと一息、出し切ろう」と心に誓いながら、回収業者が来るその日まで、少しずつ、少しずつ前に進んでいます。

おわりに──父の言葉が、そっと背中を押してくれる

父の日記には、大きな声では語られなかったけれど、時代のなかで懸命に生きた父の姿が刻まれていました。

実家の片付けは、過去を壊すことではありません。
そこに宿っていた思いや記憶を、一度しっかりと受け止めるための行為なのかもしれません。

手放すことと、記憶を大切にすることは、決して矛盾しない。

この日記が、それを静かに教えてくれているような気がします。
きっと、どこかで父も、小さく頷きながらこう言ってくれているでしょう。

「よくやったな」──と。

 

 

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コメント

  1. でぶねこ より:

    こんにちは^^でぶねこです!
    ご実家の遺品整理、お疲れ様です。
    戦時中の日記が残っていたなんて、すごいです~
    話には聞いたことがあっても、当時のことを鮮明に書いた日記は、今読むとまた違った感情が沸きますね。そらはなさんが読んでくれたことで、天国のお父様も喜んでくれているのではないでしょうか。
    私の亡くなった母の父(祖父)はガダルカナルの戦争で亡くなっています。当時、戦地から祖母に送られた母宛ての手紙が10年ほど前、祖母の家から見つかり、母が大切に保管していました。母はまだ5歳ほどでひらがなで書かれた手紙は、読み終わったあと、涙があふれてしまうほど温かいものでした。
    母が亡くなったとき、この手紙を御棺に入れて天国に持っていってもらいました。
    この年になり、戦争のなか生きた父や母の思いに触れることは、とても意義のあることだと思います。
    遺品整理は、そういうことを思い偲ぶことができますね。
    暑いので、どうぞお体ご自愛くださいね^^

    • そらはな より:

      でふねこさんへ
      今年は終戦80年なんですね。
      そんな節目に、父の戦争中に書かれた日記が見つかり、今だからこそ読んで意味のあることだと感じています。
      また、今年は広島の原爆ドームに行く予定もあります。
      還暦の年に、なんだかいろんな事が重なり、不思議な縁をかんじます。
      でぶねこさんのお祖父様から妻と子どもに宛てられた手紙は、戦地での思いがあふれて、涙なくては読めないものだと、話を聞いた私ですら思ってしまいます。
      遺品整理は、時間と体力と気力を大量に消費しますが、そこに遺された「思い」というものも感じられて、こうやって歳を重ねていくのも悪くないかな…なんて、ちょっぴり思いました。