月14万円のグループホーム費用 それでも年金でまかなえている理由を父の死後に知った

今月も、グループホームから請求書が届きました。
封筒を開ける前から金額はわかっているのに、145,000円という数字を見ると、思わず身構えてしまいます。

決して軽い金額ではありません。
それでも今は、母の年金でまかなえています。
それは、私が賢く準備していたわけではなく、両親が静かに備えてくれていたおかげです。

母の暮らしにかかるお金のこと

介護保険の自己負担、生活費、細かな立替金。
合計すると月に約145,000円。
市からの給付を差し引いても、年間では170万円ほどになります。

数字にすると、暮らしの重さが急に現実味を帯びます。
でも、母が穏やかに過ごせていると思うと、この金額は「安心のための費用」なのだと、割り切ることができます。

父の遺族年金を見たときの、あの静かな衝撃

父の遺族年金の額を初めて見たとき、私は思わずこう思ってしまいました。

「昔の人は恵まれていたんだな」
「今の高齢者って、年金勝ち組じゃないか」

今思えば、ずいぶん勝手な発想です。
でも、そのときの私は本当にそう感じたのです。

その考えがひっくり返ったのは、母のひと言でした。
「お父さんね、年金、後ろにずらしてもらってたのよ」
その瞬間、数字の意味が変わりました。

父が70歳まで受給を繰り下げていたからこそ、今の金額になっている。
それは偶然ではなく、選択でした。

私は初めて気づいたのです。
「恵まれていた」のではなく、
ふたりで時間をかけて備えてきた結果なのだと。

ふたりで作ってきた家計の時間

両親は、ずっと“財布ひとつ”の家計でした。
父の収入と母の収入をまとめ、母が管理し、父はそこからおこづかいを受け取る。

派手さはなくても、堅実で無理のない暮らし方。
その積み重ねが、年金の繰り下げという選択につながったのだと思います。

遺族年金の数字の向こうに、父と母が並んで歩いてきた時間が、静かに浮かび上がってきました。

グループホームでの母の表情

母は、このホームがとても合っています。
在宅の頃よりも穏やかで、表情がやわらいでいます。
三食しっかり食べ、歩行も安定し、スタッフの声かけやイベントが、日々の小さな刺激になっているようです。

在宅だった頃は、テレビの前で一日を過ごすことが多かった母が、
今は誰かの気配の中で、安心して暮らしています。

その安心を支えているのが、父の残した年金だと思うと、胸の奥がじんわりと温かくなります。
ありがたい、と素直に思います。

わが家も“財布ひとつ”で暮らしている

そんな両親の影響もあって、わが家もずっと“財布ひとつ”です。
夫におこづかいを手渡すと、
「ありがとう!」と、まるでボーナスでも出たかのように喜びます。

自分で稼いだお金なのにね。

そんな夫の姿が、父と重なります。

暮らし方の癖のようなものは、静かに受け継がれていくのかもしれません。

だからこそ、私たち自身の年金についても、これからちゃんと考えていきたいと思っています。

年金受給の正解は

父の繰り下げは、結果として母の安心につながりました。
けれど、年金の繰り下げが誰にとっても必ず得になるとは限りません。

健康状態や家計状況、夫婦それぞれの寿命の見通しによって答えは変わります。

正解はひとつではない。

それでも、ひとつだけ言えることがあります。
年金の選択に正解はないけれど、
「知っておくこと」はきっと無駄にならない。

父が残してくれた安心に支えられながら、母の穏やかな日々が少しでも永く続きますように。

そしていつか私たちも、子どもたちの安心につながる選択ができたらいいなと、そんなふうに思っています。

コメント

  1. はつね より:

    私の実姉と義兄は60歳を迎える歳に相次いで亡くなりました。
    義兄は会社員でしたが忙しい人だったので定年したらキャンプをしたいと言っていたのにそれも出来ずに亡くなり早いお別れでした。
    その時に悲しみの中、思ったのは保険料を納めただけで年金を貰うこともなく亡くなったんだなぁ…と。年金の受取時期を考えてしまいました。