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【横浜ツタンカーメンミュージアム】「王家の紋章」世代の私が驚いた意外な真実

ツタンカーメンほど、名前だけがひとり歩きしている王はいないかもしれません。

先日、横浜のツタンカーメンミュージアムを訪れました。

私のエジプト考古学の知識といえば、漫画『王家の紋章』と、小学生の頃に図書館で借りたミステリー本——発掘に関わった人々が次々と不審死を遂げたという、いわゆる「ツタンカーメンの呪い」の話くらい。

そんな曖昧な知識のまま足を運んだミュージアムでしたが、展示を見進めるうちに、ツタンカーメンという人物像は大きく塗り替えられていきました。

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偉大な王ではなく、波乱に満ちた「少年王」

ツタンカーメンは、その名の知名度から「偉大な王」だと、どこかで思い込んでいました。

 

しかし実際の彼は、わずか9歳で即位し、19歳で生涯を終えた少年王でした。

父アクエンアテンが行った急進的な宗教改革を元に戻すという重い役割を背負いながら、王として生きた10年。

 

近年の研究では、近親婚の影響による身体的な問題を抱えていたことや、骨折を繰り返し、常に杖を使って歩いていた可能性も指摘されています。

 

幼く、体も弱く、それでも「王」でなければならなかった——
その事実を知ったとき、華やかな黄金のイメージとはまったく違う、過酷な人生が浮かび上がってきました。

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豪華すぎる副葬品の、本当の意味

ツタンカーメンといえば、黄金のマスクや数々の豪華な副葬品。

 

これまでは「偉大な王だからこそ、これほど豪華だったのだ」と思っていました。

けれど展示を通じて知ったのは、その豪華さの裏にある“事情”でした。

若くして突然亡くなったため、埋葬の準備は十分とは言えず、急ごしらえで用意された品も多かったのです。

 

王の権威を保つために、豪華さで補う必要があった——そんな背景が見えてきました。

 

精巧に再現されたレプリカの数々はどれも美しく、同時に、古代エジプトの人々の焦りや敬意、そして切実さまでもが伝わってくるようでした。

日本の歴史と比べて感じた、文明のスケール

私が一番衝撃的だったことは「時代の重なり」です。

日本がまだ弥生時代で稲作を始めたころ、エジプトではすでに金の装飾品が作られ、文字(ヒエログリフ)が使われ、高度な埋葬文化が確立されていました。

 

弥生時代!?!?

ツタンカーメンの前で、何度も心の中で叫んでいました。(笑)

同じ“人類”なのに、これほど違う時間を生きてきたのか——
文明のスケールの大きさと、多様さに圧倒された瞬間でした。

記憶に残ったのは「かわいそうな王」という印象

展示を見終えて、心に残ったツタンカーメンの姿は、英雄でも、謎多き王でもなく、「かわいそうな王」でした。

 

大きな功績を残したわけではなく、健康にも恵まれず、短い人生。

それでも彼の存在は、エジプトの宗教と王権を安定へ導く重要な節目となり、何よりも——彼の墓の発見が、現代に古代エジプトの魅力を伝えるきっかけになったのです。

 

亡くなってから数千年後、これほどまでに名を知られる存在になるとは、ツタンカーメン自身、想像もしなかったでしょうね。

横浜から、エジプトへ思いを馳せて

横浜でのひとときが、はるか遠い古代エジプトへと想像を広げてくれました。

「いつかピラミッドや王家の谷を、自分の足で歩いてみたい」
そんな気持ちが自然と芽生えたのも、このミュージアムのおかげです。

ツタンカーメンは、偉大な王ではありませんでした。

けれど、波乱に満ちた短い人生を生きた、人間味あふれる少年王でした。

ツタンカーメンは——
歴史の中で最も有名になってしまった、“かわいそうな王”なのかもしれません。

 

 

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