実家を片付けていたある日、
棚の奥から、金色に輝く盃が3つ、ひょっこりと出てきました。
「えっ、これって金?もしかして、今の金相場なら結構な値段になるのでは…?」
金の価格が高騰している昨今、思わず色めき立ちました。
けれど手に取ってよく見ると、それぞれに特徴的な刻印や模様が施されており──
なんとも言えない“記念品”らしさが漂っています。
見つけたのは、3つの金色の盃
1つめは「高齢者表彰」と刻まれたもの。
2つめは「寿 ○○ホテル」というホテル名入りの婚礼記念らしき盃。
3つめは、文字こそないものの、“見ざる・言わざる・聞かざる”の三猿が彫られた盃。

3つの金の盃
くすみはあるものの、どれも見た目は立派。
裏側を見てみると、3つすべてに「24K GP」という刻印がありました。
「ああ、これは金メッキの盃なんだな」
そう気づいたとき、ちょっとした落胆とともに、
「でも、なぜこんなものが大事にとってあったんだろう?」という疑問が湧いてきました。
「24K GP」とは──金色だけの記念品
刻印の「24K GP」は、「24金(純金)でメッキされたもの(Gold Plated)」を意味します。
- 24K: 純金(99.9%以上)
- GP: Gold Plated(金メッキ)
つまりこれは、金そのものではなく、表面だけが金色のコーティング。
素材としての価値はほとんどなく、買取対象外になることも多いようです。
それでも、昭和の時代にはこうした金杯がよく贈られていました。
なぜだったのでしょうか。
なぜ昔は「金の盃」を贈っていたのか?
少し調べてみると、盃は単なる飾りではなく、「人生の節目を祝う象徴」だったことがわかりました。
- 「高齢者表彰」の盃は、地域や団体による功労者への感謝と敬意の証。
- 「寿 ○○ホテル」の盃は、結婚披露宴の引き出物。
- 三猿の盃は、退職祝いや還暦祝いなど、人生の節目を象徴するモチーフです。
実際、私の父はかつて、地元の神社で総代を務めていた時期がありました。
地域の行事や役回りにも積極的に関わっていたので、こうした表彰や記念品をいただく機会も多かったのでしょう。
盃には、「あなたの人生を讃えます」「お疲れさまでした」というメッセージが込められていたのだと思います。
なぜ“金色”だったのか?
金は、「富」「繁栄」「永遠」「名誉」を象徴する素材。
でも、純金は高価すぎる──
そこで登場したのが、24金メッキの盃。

手頃な価格で見栄えもよく、感謝や敬意の気持ちを“かたち”にする贈答品として重宝されました。
金色の光をまとうことで、贈る側の想いも少し豪華に見せてくれていたのでしょうね。
“思い出は形に残すもの”だった昭和の時代
昭和から平成初期にかけて、「感謝」や「記念」は、形あるモノで残す時代でした。
表彰楯、記念メダル、名前入りのカップや置き時計、そして、金杯。
どれも床の間や棚に飾られ、家族の誇りとして大切にされていました。
「見えるところにある」ことが、名誉であり、喜びだったのです。
処分という選択と、そこに込めた敬意
正直なところ、私の今の生活にこの盃たちを飾る場所もなく、金としての価値も期待できない──
そう思い、感謝の気持ちを込めて処分することにしました。
でも、ただ“捨てる”のではなく、
なぜこれがここにあるのか、少し立ち止まって考えてみたのです。
そしてようやく気づきました。
この金色の器たちは、かつて父や母の人生の光だったのかもしれない、と。
おわりに──金よりも大切なもの
金杯を見つけたとき、一瞬「お宝発見かも」と期待したけれど、そこにあったのは“金”よりもずっと大切なもの。
それは、人を想う気持ちや、時代の温もりでした。
父や母が歩んできた時間、誇り、そして喜び。
小さな盃から、そんな記憶がふわりと浮かび上がってきました。
昭和という時代の記憶が、またひとつ、心の中に静かに灯る。
そんな実家の片付けの日になりました。

思い出の品や記念品。
捨てる前に少しだけ手を止めて、「なぜここにあるのか」を考えてみると、そこにはきっと、家族の歩みやあたたかい思いが込められているかもしれません。


コメント
はじめましてこんにちは。
夫の実家の片付けで桐の箱に入ったメッキの金杯が見つかりメッキでも少しは価値があるかもと手放せないでいましたが、ブログを拝見して処分する決意ができました。
我が家まさに実家の片付け中で共感する所が多くこれからもブログ参考にさせて下さい。
うさうささんへ
旦那様のご実家の片付け…おつかれさまです。
実家のものは、自分のものではないので、処分するにしても判断が鈍りますよね。
お互い、熱中症にならない程度にぼちぼちと片付けていきましょう