母が老健施設へ入所して2ヶ月が経ちました。 同時に、少しずつ実家の片付けを行っています。
母はもう家に戻って暮らすことは難しいと思うので、予定のない休日にはどこか一箇所を片付けると決めています。
今回は、リビングのカップボードを片付けることにしました。
昭和のオレンジ色の食器棚
このカップボードは、私が子供の頃、台所で食器棚として使われていた記憶があります。

オレンジ色の食器棚
昭和の雰囲気が漂う明るいオレンジ色のビタミンカラーは、戦争を経験した両親が、高度経済成長の波に乗り、明るい未来を思い描いて購入したのかもしれません。
ガラス戸の中には、来客用の湯呑み茶碗やコーヒーカップが並んでいました。
父が亡くなってからというもの、実家にお客様が来ることはほとんどなくなり、それらの食器も長い間使われることなく眠っていました。
母は「まだ使えるもの」は、たとえ「自分が使わないもの」でも絶対に捨てません。
そのため、私も手をつけずにいましたが、母が老健に入所している今、先延ばしにすればするほど、ますます片付けるのが億劫になってしまうので、意を決して行うことにしました。
中から食器を全部出してみると、ヒビの入ったものや変色したものが多く、残念ながら私自身が使いたいと思うものはひとつもありません。

残念だけど全部処分します
手を止めると、「まだ使えるんじゃないか?」「何かに使えるんじゃないか?」と余計なことを考えてしまうので、ひたすら黙々と手を動かしました。
これまで私は、これらの食器がなくともなんら困ったことはなかったのですから、私にとっても不要なものなのです。
片付けスイッチが入る
途中から夫も参戦してくれて、処分するものをどんどん車庫に運び出してくれたので、私も片付けスイッチが全開となり、ダイニングテーブルの椅子や周辺の小物もどんどん処分することにしました。

座面をリメイクしたダイニングチェア
今回片付けたもの
- カップボード(食器棚)
- 食器類(コーヒーカップ5組、湯呑み茶碗30〜40個他)
- ダイニングチェア3脚
- 椅子1脚
勝手口にまとめて置いておくと、どんどん夫が運び出してくれるので、さらに勢いがつきました。
- 衣装ケース(中から父の洋服が出てきた!)
- 5段重ね衣装ケース
- オーブンレンジ
- 浴室用椅子
- 洗面器、踏み台
- カラーボックス
- プラスチックたらい3個
- キッチンの食器棚の中の食器多数
- シンク下の鍋、ザル、ボウル
- 炊飯器
- その他キッチン雑貨多数

ついにキッチンの食器棚がからっぽになった!

使わないでしまっておくことがもったいない
さらに、仏間の押入れに押し込まれるように積み重なっていた贈答用の箱にも手をつけました。
これらの大半はシーツ、毛布、タオルケットで、中には「昭和60年」とメモされたものもありました。
実に40年以上もの間、使われることなく放置されていたことになります。

仏間の押入れもついに空っぽになった!
箱を破って中身を出すと、使っていないのにシミがあったり色あせていたり…。 改めて「いただいたものは、すぐに使わないともったいない」と実感しました。
片付けを進めるためのポイント
今回の片付けを通じて、実感したことがあります。
- 「まだ使える」は「使うもの」ではない
- 長年放置されていたものは、結局使わないもの。
- これからも使うかどうかを基準に判断する。
- 感情に流されると片付けは進まない
- 思い出に浸ると手が止まるので、機械的に作業を進める。
- 迷ったら「今、これが必要か?」と問いかける。
- 家族と一緒にやると捗る
- 1人では感情が伴って手が止まりがち。
- 他の人が手伝ってくれると、客観的に判断できる。
おそらく1人ではここまで処分できなかったと思いますが、夫が手伝ってくれたおかげで、かなり片付けることができました。

洗面脱衣所にあったカラーボックスや雑貨も片付けた!
とはいえ、これらはまだ車庫に移動しただけです。 ゴミの日に合わせて、少しずつ処分していくつもりです。

このあと、オーブンレンジも片付けた
それでも、家の中から出せたことで、私の心の奥底にたまっていた淀んだ気持ちが、少し排出されたように思います。
空気の流れが生まれ、風が通るようになった気がします。
捨てることは、忘れることではない
物がなくなっても、思い出は心に残り続ける。
「捨てることは忘れることではない」そう思うと、片付けることへの抵抗感が少しずつ薄れていくような気がしました。

まだまだ片付けは続く
残るは大型の家具や、リサイクル料を払って処分しなければならないテレビや洗濯機。
まだまだ道のりは長いですが、少しずつ、確実に、前へ進んでいきます。


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