子育てが終わり、夫婦2人暮らしとなったこの数年間。
「やらなければならないこと」が、少しずつ減ってきたように感じています。
特に今は仮住まい暮らし。
家事も持ち物も最小限で、肩の力が抜けるような気楽さがあります。
時間に追われず、何もしなくてもいい一日。
若い頃には憧れていたはずの時間を、ようやく手に入れたはずなのに——
今年のお正月、私は思いがけず「少しだけ退屈」を感じていました。
食べたいものを、好きな時間に
元日の天気は暴風雪。
外に出る気にもならず、家の中で静かに過ごしました。
特別なお正月料理を用意していたわけでもなく、あるもので、テキトーな無理をしない食事。
・朝:明太子トースト
・昼:卵の雑炊
-・夜:ペペロンチーノと、カニカマ入りコールスロー
「あるものでなんとかなる」
そんな気楽さが、仮住まいならではの心地よさでした。
夫が作った“雑炊とペペロンチーノ”が教えてくれたこと
この日、ちょっとした嬉しい出来事がありました。
これまで料理をほとんどしてこなかった夫が、雑炊とペペロンチーノを作ってくれたのです。
雑炊といっても、既製スープにご飯を入れただけ。
それでも、台所に立ってくれるだけで大進歩。

お湯を注ぐだけで、ふんわりとろりとした海藻の旨みが広がる【ふわとろめかぶスープ】
夫はこのスープにご飯を入れて、簡単雑炊に。
それだけなのに、とってもおいしい!
「なんだ、やればできるじゃん!」
そう思った瞬間、私の気持ちはずいぶん楽になりました。
もしかしたら、私があまりにも何もせずゴロゴロしていたからかもしれません。(←オイオイ)
でもふと気づいたのです。
“料理は私の役目”と決めつけていたのは、私のほうだったのかもしれない。
定年後の暮らしは、きっとこんなふうにゆるやかに役割が混ざり合っていくのだろうな、と。
“退屈”がくれた静かな気づき
「何もしなくてもいいお正月」
「予定を詰め込まない日々」
極楽のはずなのに、私は少しだけ退屈していました。
でもその退屈は、心が次のステージへ進むための“余白”だったのだと思います。
・これからの暮らしをどう過ごしたいのか
・何があれば心が満たされるのか
・どんな時間が、自分にとって心地よいのか
静かな時間が、そんな問いをそっと差し出してくれました。
60代からの“役割”を見直す
食べたいものを考えて、作って、
それを「おいしいね」と言ってくれる人がいる。
その時間が、私にとって日々の張り合いだったことにも気づきました。
60代になると、いろんなことが面倒になります。
やらなくても誰に叱られるわけでもありません。
でも、暮らしが乱れてくると、私自身が落ち着かない。
そして「やりたいこと」や「うれしいと感じること」をやっていると、小さくても確かな達成感があります。
・簡単な料理を一品作る
・どこか一箇所を徹底的に掃除する
・「今日はこれをやろう」と決めてみる
それだけで、一日が少し色鮮やかになるのです。
新しいキッチンで、最初に作るもの
リノベーションが完工したら、
私は最初にキッチンで何を作るのだろう。
そんなことを考えていました。
今は、仮住まいの不便さはあるけれど、その不便さが、これからの暮らしに必要なもの・不要なものを静かに教えてくれている気がします。
新しいキッチンで作る“最初の一品”は、きっといつもと変わらないもの。
静かで、自由で、これからの暮らしをやさしく整えていこうと思えたお正月でした。


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