高齢の母とのかかわり方 腹を立てているのは母にではなく自分自身にだった

実家の母は80代半ば。
あと2~3年で米寿を迎えるのだから、イマドキの言葉なら「アラベイ」とでも言うのでしょうか。
そんなアラベイの母に対し、本気で腹を立てる私って、ほんと進歩も発展もしていないのだなぁと、落ち込んでいました。
そして、腹を立てているのは、母に対してではなく自分自身に対してなんだと気づいたのです。
変わらなければならないのは私なのに。

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娘のことを言われると腹が立つ

高校3年生の娘が志望する大学は、関東方面の大学。学びたい学科は、理系の専門的な分野で、限られた大学にしかありません。
先日母に、『娘が東京の方の大学を志望している』という話をしました。
すると母。

なんで東京に出してやるのか。
女の子を遠くに離してやるなんて考えられない。
怖くないのか?女の子を東京に出してやって。
秋田にいればいいじゃない。

などと、怒ってきたのです。
この時点で、なんで怒る?普通に言えばいいのに、なんでそんな言い方?という不満はありましたが、母のこのような言動は今に始まったことではないので、私も極力気持ちを押さえて母へ言いました。
「〇〇(娘)の勉強したいことが△△学科で、それが東京の方の大学にしかないんだって」

それに対して母の言葉
なに△△だって!そんなもの!

この言葉で、私も抑えていたものが口から飛び出しました。
「そんな言い方ないでしょう!娘が一生懸命がんばっているのに、そんなものって言わないでよ!子どもがやりたいと思っていることは、私は応援したいんだよ!」
とかなんとか、こんな趣旨の言葉を言ったと思うのですが、もう腹が立つやら情けないやらで、口からあふれる言葉を止められませんでした。

「あんたが将来、泣きを見るからな!」とも、母は言いました。

怒っちゃいけない、同じテンションで言い返してはいけない、と、頭の中ではわかっていたのですが、感情を止めることができませんでした。
自分のことを言われるのなら我慢できても、我が子のことを言われるのは、どうにもこうにも我慢できず、母と同じテンションで言い返してしまいました。

母のことで我慢できなくなったとき

こんなことがあると、私はすぐに姉へメールをします。
母にこんなことを言われた、なんであんな言い方するんだろ、ムカつく・・・などなど自分の感情のままを文字に打ち込んで、姉へ送信すると、それだけでまずはざわついた心が落ち着いてくるのがわかります。
姉からは「わかる、わかる。そうだよね、そうだよね」と必ず共感してくれる返事がくるので、この時点でもうこの話は終わり。
翌日からは、何事もなかったかのように、私はまた母と会話をします。

しかし、今回のように、自分のことではなく娘のことをあれこれ言われるのは、必要以上に腹が立つ。娘がどんなに勉強しているか、どんなにもがいているか、何もわからないくせに「そんなもの」なんていう言葉で片付けないでほしい。

翌日になっても、傷ついた私の心は、母と顔を合わせることを拒否しました。

母がかわいそうに思えた瞬間

しかし母は、翌日も何事もなかったかのように話しをしてきます。
ゆうべのことは忘れているんだろうか?それが認知障害のなせる業ならば、いちいちそれに反応している私もバカなんだよなぁ。

「ちょっと来てちょうだい」
母はそう言って、私をトレイへ連れて行きました。
ウォシュレットの水が、いくらストップボタンを押しても止まらない。見てほしい、と言うのです。

昨夜の怒りがまだ少し心に残っている私は、「壊れたんじゃないの?」と、ややつっけんどんに答えます。
母は、何度も何度も、『ウォシュレットのボタンを押した話』を繰り返すので、
「もう!私だってわからないよ!」と母へ言うと、母が1枚のメモ用紙を出してきたのです。

ウォシュレットの壁掛けリモコンと壁の間に挟まれていたその紙には
「H23年11月・H26年9月」という文字が書かれていました。
それは亡くなった父の文字。

「お父さんがこうやって書いていたんだよ。きっと電池を交換した日だから、電池が切れたんじゃないか?」と母。
そのとたん、私は急に母のことがかわいそうになってきて、同時にちゃんと記録に残しておいてくれた父のことを想って、泣きそうになりました。

メカ音痴で、機械の操作はなにひとつわからない母は、それまでずーっと父に頼って、父に依存して生きてきたんだよね。
父がいなくなった今、リモコンの電池交換すらできない母が、不憫でしかたがない。
そして、自分の親を不憫だと思う自分のことが、哀しくてしかたがない。

言動には理由がある

アラベイの母は、軽度認知障害であり、現在認知症の薬(レミニール)を内服しています。
この薬のおかげなのか、時々母と話をしていると、ものすごく記憶が鮮明な時があって、むしろ昨年よりも状態がいいな・・・とさえ思えるのです。
日常生活も規則正しく、自分の身の回りのことは自分でできます。

でも、母と話をしていると、なんでそういう言い方しかできないの?と思う場面が多々あります。元来の性格もありますが、認知障害なんだと思うようになってからは、さらに頑固さが加わってきたように感じています。

一般的に認知症の症状は、「理由があって表れている」と言われます。
わけのわからない行動や、時に人を傷つけるような暴言にも、その影にはなんらかの理由があると考えると、なんとなく理解できることもあります。

『なんで東京に出してやるのか。
女の子を遠くに離してやるなんて考えられない。
怖くないのか?女の子を東京に出してやって。
秋田にいればいいじゃない。』
という言葉は、孫のことを心配するあまりに出た言葉であり、
『あんたが将来、泣きを見るからな』
というのも、私が寂しい思いをするのでは?という母なりの思いやりなんですよね。

後になってよく考えてみればわかることなのですが、だったら言い方ひとつで印象はずいぶんちがってくるんです。
『大丈夫なの?東京に出してやって、心配だよ』なんて穏やかにやさしく言えばいいものを、最初から怒って乱暴な言い方をされると、私までもがカッカしてくる。
だって、私も娘を東京に出してやるのはとても心配しているし、のほほんとしたお気楽な娘で、まだ世間の怖さを知らないからこそ、不安だってたくさんあるんだし、来年娘が家を出たらやっぱり寂しいし。

なんだ。つまりは、母と私の思っていることは一緒なんです。

母の言動が、認知障害のせいなのか、はたまた元来の性格がさらに強く出るようになったのかはわかりませんが、母の言動の背景を理解することで、私も必要以上にイライラしたりしないのではないかと考えたりしました。

母にこうしてほしいと伝えたところで、もう変わるはずがないのです。
ならば、変わらなければならないのは私のほう。
それは1年前からわかっていたはずなのに、やっぱりなんの進歩もしていない自分に、ほんと呆れる!

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コメント

  1. T M ♪ より:

    進歩してらっしゃると思うんだけどな。
    手探りしながら、もがきながら、
    一所懸命やってらっしゃる。
    そんなに自分を責めないで…
    仕方ないことなんだもの。
    落ち着いてからは、そうやってお母様の弁護をしてらっしゃるじゃないですか?
    よくやってらっしゃると思いますよ。
    聖人君子じゃないんだもの、
    そんな高いハードルを自らに課さないでね、どうか。

    お父様のメモに私も泣けました。

    私の周りを見ていて密かに思ってるんですが、
    自立心の強いとにかく自分でやってみようという人は、いつまでもしゃっきりしてらっしゃる。
    お父様もでしょう?

    だから「私は認知症にはならないな(゚∀゚)」と思ってるんです(^-^)

    • そらはな より:

      TM♪さんへ♪
      認知症ってほんとやっかいな病気ですよね。
      自分の意志とは別に、自分のやったことは覚えていない、もう理性もなにもなくなってしまうのだから・・・。
      体が病気になるのも嫌ですが、頭の中の記憶が失われていくというのも嫌ですよね。
      最期まで自分の言動には責任を持ちたいと思うのですが・・・、認知症にならない!って言いきりたい~!!

      • T M ♪ より:

        子や頼ってよさそうな甥姪もいないせいですかね〜
        強い気持ちでいる、って決めちゃってるんです。
        先のことは誰だってわかりゃしません。

        人事を尽くして天命を待つ???

        かの西行法師は
        ねがはくは はなの下にて 春死なん その如月の 望月のころ と詠んで
        その通りに亡くなってます。
        私は
        願わくは 浄めた床で 旅立たん おやすみと寝た その深夜
        といきましょう。お粗末m(_ _)m

        • そらはな より:

          TM♪さんへ♪
          人事を尽くして天命を待つ・・・って、理想的ですよね。
          友人の旦那様は、朝みたら亡くなっていたそうで・・・。
          まさに自分の床でおやすみと寝たその深夜・・・だったんでしょうけど、平均寿命まで生きたあとのほうがいいなぁ・・・なんて思ったのでした。

  2. みそら より:

    気持は落ち着いたでしょうか?
    腹が立ったり、我慢できずにきつく言ってしまうのは仕方ない事だと思います。
    判ってはいても、気持が抑えられない事ってありますよ・・・
    私も来年80歳になる母がいるので、
    そらはなさんのお母様との関わりを読んで、勉強させてもらってます。
    昔からの色々な事があり許せない気持ちがあったり、でも可哀想だとも思えたり、
    気持がグラグラ揺れて苦しくなることも多いです。

    後になって、冷静に考えられるそらはなさんは、やはり優しいですよ。
    私も見習わなくては・・・といつも思ってます。

    • そらはな より:

      みそらさんへ♪
      今まで母に言われたことでとても傷ついたことって、ずーっと覚えているもんなんですよね。
      言ったほうは忘れてしまうのでしょうけど、こういうのって根深い・・・。
      だからせめて私は、自分の子どもたちに対しては、たとえわが子でも言動には気をつけようと思っているのですが・・・。なかなか大変ですよね。
      いつも気持ちがグラグラ揺れています(-_-;)

  3. るり玉 より:

    こんにちは。

    私も同じ経験をしました、昨年。
    次女が就職をしないで漆の修行に入ると決めたとき。
    「そんなもの」うちの母も言いました。
    それも本人の前で。
    それも含めて私はもう許せないと思いました。
    人の人生さえも自分の思い通りに進まないと気に入らない母。
    一事が万事それ。
    もう知らない。
    あれから1年経ちました。
    次女は毎日お師匠さんの元で修行を積んでます。
    地域に溶け込んで生き生きと生活しています。
    娘たちにはやりたいことをどんどんやってほしい。
    それを離れたところから見守るのも楽しいものです。
    そらはなさんも葛藤なさってるのがよく分かります。
    とても優しい。。。
    私はそらはなさんのようにはなれないわ、きっと。
    一刻も早く母と永遠に別れたい。
    そんな冷たい心を持ってしまいました。
    娘さん、頑張ってらっしゃいますねq(^-^q)
    自分の思う道を進む姿はまぶしく嬉しいものですよね。

    話は変わって。
    はい、佐野ファントムですよ!
    いいですね~声!
    私はラウル役の神永東吾さんに、どハマりしてしまいました~( 〃▽〃)
    端正な顔立ちに正統派の声。
    目も心もハートになっちゃいました。
    来年広島でも上演される「ジーザスクライスト」観に行きたいわ。
    大好きな野中万寿夫さんは「ノートルダムの鐘」に出演されてるので、
    来年横浜公演に行こうかと考え中。
    主人が東京にいる間は公演に合わせて行こうって思ってます♪

    • そらはな より:

      るり玉さんへ♪
      すごい!娘さん、漆の修行されているんですね。
      やりたいことができるって、すばらしいです。
      本人が決めたことであれば、それを全力で応援したいですよね。なんだか輝いていてまぶしいな。
      私がるり玉さんの立場であれば、私も親とは縁を切る勢いだと思います。本当はブログに書かれていないことが、もっとあると推測できますもん。
      お互い、自分の生きる道を堂々と歩いていけるといいですね(#^^#)
      ところで、シーザスクライスト、広島公演ですかー。いいなぁ。
      ノートルダムは、来年横浜公演ですね。私も、また観に行きたい~。
      今までの劇団四季にはない深い深い物語です。
      旦那様、東京にいる間にぜひ!!

  4. hitomi より:

    そらはなさん
    同意です。認知症じゃなくても、神経質な話ですよね。
    去年経験しました。男の子と女の子は違うから周りの反応も変わってきます。
    あ。我が家は長女の進学は修羅場でした(笑)
    私も娘の頑張りをそばで見てきて、ついムキになって反抗してしまいました。
    学校の先生でさえ、東京進学を反対するほど。
    今からもやってくる抵抗を、するりと受け流す度量は親の見せ所ですね。
    第一関門が実母で良かったんですよ!本心がわかりますから。
    義理の両親から言われた私はもう……です!アハハ!
    次に来る息子の受験は、もう合格するまで誰にも言わないことにしました。
    ムキになる。余裕がない。
    笑って乗り越えてください!応援しています!

    • そらはな より:

      hitomiさんへ♪
      そうですよね。男の子と女の子では、ちょっとちがいますよね。
      まぁ、心配しても、どこに住んでいようと、何があるかわからない世の中ですからね。
      我が子を信じるしかないですよね。
      hitomiさんは、お義父さんとお義母さんに色々言われたんですねぇ。かえって他人な分、私だったら口きかないかも(^^;)
      私も、もうあまり余計なことは言わないようにして、事後報告でいいかなーって思ってます。

  5. あずきママ より:

    そらはなさんの
    お母さんが
    日付の紙を持ってこられた所読んだら
    私も涙がポロポロでました。
    そうですよね。
    お母さんも
    そらはなさんも
    同じこと思っておられる。
    言い方別として
    孫を心配し
    娘を心配しておられる。

    でも
    お母さんにとっては
    孫より
    そらはなさんの事を一番心配されてるのかもしれないなと思ってしまいました。

    親子だから
    ついお互い
    率直な物の言い方になり
    傷つけあってしまう。

    私も妹が海外で
    私が母を見てるので
    妹にブツブツ文句言いますが
    うちは
    決して私を非難もしませんが
    味方もしてくれません。
    でも
    母にも変な味方をして
    私達の間を悪くすることもないので
    やはり妹はありがたい存在です。

    でも
    妹曰く
    お姉ちゃんも
    なんでもまともに受け取らず
    聞き流すことできんのと言われますが
    そばにいるとなかなかできませんね。
    母の嫌な所も昔から知ってるので
    余計です

    後どれくらい母と暮らせるかわかりませんが
    できれば
    良い関係を築けたらと願ってます。
    なかなかハードル高いですが

    • そらはな より:

      あずきママさんへ♪
      母と娘の関係って、難しいですね。
      そう考えると、いずれ私も自分の娘とはいろいろややこしいことになってくるのかなぁ・・・なんて思ったり。
      社会人になったら、もう一人の人間として尊重しなければなりませんね、たとえわが子であっても。
      母の言動に傷つきながらも、縁が切れない分だけ、余計もがいているのかもしれません。
      本当はもっと楽しくやっていきたいのに・・・。それは母も同じかもしれませんね。

  6. とも より:

    こんばんは。揉めた後。ひきずりますよねー。
    ご飯が喉を通りにくい、嫌ーな気分。
    私も両親に息子のことに口出しされたら、ムカっときます。以前は瞬間湯沸かし器のように露骨に怒ってました。心配してくれるのは十分にわかるのですが。
    たぶん意見を押し付けられてきたトラウマと、母親としての防衛本能で、即戦闘モードになるんだと思います。売り言葉に買い言葉で、双方ヒートアップして、胸のムカつきが治らず一日を無駄にするので、最近は「あんまり子離れしないで、アレコレ口出ししてると、子供にいいことなんか何もないわ」「自分で考えないと成長できないし。」など嫌味攻撃に変えました。両親は自分達のこと言われてるとは思わないでしょうが。

    それと価値観の違いも大きいですね。
    そらはなさんのお母様や、うちの両親の世代は、親に従って当たり前の教育でしょうし、それを私達の中にも植え付けている。だから、広い世界を知らない子供の頃は、それに従い、理不尽であっても反発できなかった。特に私の母は、その典型でした。よく口答えすると、「親に向かって」と言われました。自由に生きるのが罪であるかのように。自分で考え、目標に向かっていくことの意味が、どんなに大切かを理解できないのだと思います。
    そらはなさんと同じように、揉めた後、年老いた親に酷いことしたなと反省しますし、自分が情けなくなります。わかっていても素直になれないのも、親子だからこそですね。
    もう一つ、なるだけ嫌な気持ちを和らげるために最近目標にしてる言葉。『柳に風』ですね。
    まともに受け止めず、フワフワと受け止めて、嫌な気分は風に吹き飛ばしてもらおう。なんて、ノンポリですが、今の私には心地よい言葉です。
    そらはなさんも、感情が乱れるのは真剣に向き合ってみえるからですね。自分を責めないで、お互いに穏やかに過ごしましょうね。長々と失礼しました。

    • そらはな より:

      ともさんへ♪
      ふふふっ(^^;)嫌味攻撃、いいですねー。
      育った時代も環境も違うからと言われればそうなんですが、私が受験のために東京へ行くことは、特に反対もされなかったんですよね。
      なんなんだろう。やっぱり認知症も関係するんですかね?それにしても、母の言葉は本当にキツクてね、慣れているとはいえ凹みます。
      まともに受け止めず、へらへらしているようになりたいです。

  7. きずつば より:

    こんにちは

    メモのお話で、胸がつまりました。
    お父様の几帳面さが思い出されたのではないですか?

    そうですね、子供のことを言われると、感情的になるものですよね~ついつい、なんにも知らないのに!と親にたいして思ってしまいます。

    私は介護の仕事を少しだけしています。
    以前は通院介助専門でヘルパーをしていました。
    今は登録ヘルパーで、ショートステイの見守りを、頼まれたときだけしています。
    他人だと、何度同じ話をしてきても聞き流せたり、酷い言葉を言われても我慢もできますが、実の親はなかなか難しいです。
    認知障害だと分かっているのに、一瞬忘れて本気で母の言い分を信じてしまったりします。
    本気で怒ってしまうことも、まだあります。
    この繰り返しで、私の頭の中には常に母のことがグルグルしています(^-^;
    サ高住にいる母ですが、毎週一回の外出と定期的な通院の付き添いのときは、何となく義務感の方が強く、そんな自分が情けないと思いながら過ごしています。

    そらはなさんは、とても優しい方だといつも感じます。

    • そらはな より:

      きずつばさんへ♪
      介護のお仕事ですか。そういう方々のおかげで、これからの日本は支えられていくので、頭がさがります。
      仕事と割り切れば、たいていのことは処理できますが、親とは感情がもろにぶつかりますから、困ってしまうのですよね。
      私は、今でも母と話をするときは、一瞬構えちゃうので、やっぱり義務感でやっていることが多いと思います。
      それでも、だんだんいろんなことができなくなっていく母に、いろいろ指示を出していると、なんだかかわいそうだな・・・っていう感情も、最近出てきているのです。
      いつかは母ともお別れしなければならないのだから、せめてしこりを残さず付き合っていきたいと思っていますが・・・、なかなかねぇ・・・。

  8. ルイコ より:

    おはようございます。
    そらはなさん、ご心配なく。よくあることですし、ご自分の対応に気づかれ落ち込むところも成長?している証拠、立派です。
    行動的だった私の母も高齢になれば、ひたすら守りに入るのは、自分の身を守ることすら危ういからでしょう。もう、あらゆる事が娘と対等にはできない寂しさもあるのです。
    父は「言いたいことは、言え。ただし、相手を追い詰めることは言うな」とよく言ってました。そして「人間、いたわられるようになったら、おしまいだな」と亡くなる前に苦笑していたのを思い出します。
    言い合える元気があるうちは、まあいいかと過ごす私です。リラックス

    • そらはな より:

      ルイコさんへ♪
      お父様のおっしゃる通りだと思います。
      『言いたいことは言って』『でも追い詰めるのはナシ』
      これってお互いにとって、すごく大事なことですよね。
      言い合える元気があるってことも、幸せなことなのかもしれませんね。
      物事なんでも考え方次第ですね。

  9. バタール より:

    こんにちは*ᵕᴗᵕ*

    私も実母とは確執があります。
    だから、そらはなさんがコメントで書かれていたように、母には事後報告にしようと思ってます。

    母は、息子の付き合ってる彼女が気に入らないからと、別れさせようとします。
    いわゆる外孫なんですが、それでも自分の思い通りにしたいのです。

    結婚が決まってから話そうと思ってます•̀.̫•́✧

    • そらはな より:

      バタールさんへ♪
      ああー・・・。孫の付き合っている人にも、口出しするようになるんですかねぇ・・・。
      余計なことは言わず、良い報告だけして、あとは事後報告でよさそうですね。

  10. 白雪さくら より:

    よっぽど訓練と経験を積んだカウンセラーや接客のプロじゃなければ、怒って言われると怒って返してしまうのが普通だと思います。プロフェッショナルの人たちだって、仕事なら穏やかに対応できても、きっとプライベートの親しい関係特に家族同士なら、やっぱり仕事みたいにはいかないんじゃないかな。
    そらはなさんは普段はひと息置いて同じテンションで返さないで穏やかに話すことを心がけていらっしゃるのはすごいといつも思ってます。

    でもホント親子って難しいですね……
    そらはなさんも、お母様も、お互いに相手のことを思ってると同時に、相手に自分のことを分ってほしい、自分の気持ちを分かってほしい、自分を認めてほしい、受け止めてほしい…と思っていらっしゃるんだろうなと思います。
    親子といえども人間同士、欠点や嫌な面はあるし、他人なら流せるようなことでも親子だからこそ目についてしまったりします。
    特に親には、尊敬できる存在であってほしい、尊敬したい、理想の親であってほしい、という気持ちを子どもの方でもってしまうのかなと思っています。だって、自分という存在のルーツだし、小さくて無力だった自分を守って育ててくれた絶対的存在だったから。否定したくない、悪く思いたくない、そうさせないでほしい…そんな思いが、私にはあります。
    親の方も、子どもにはこうあってほしい、このように育ってほしい、という願いがあるんだと思います、どんなに大きくなっても…。成長して自分の手を離れて、子どもが親になって、かつての自分のように子どもを育てていて、自分一人で大きくなったような顔をして…と淋しくちょっと腹立たしく思うこともあると思います。
    親子って、お互いに鏡のような存在なんでしょうね。小さな欠点が多く目についちゃうけど、でも根本のところはとても大事な存在だし、愛し合ってるんだと思います。お互い人間同士だから、傷つけあうし、「嫌いだ!」って思っちゃうこともあるけれど、特にそらはなさんのブログを読んでいると、お母様を本当に大事になさってて、尊敬しますよ。

    ご自分のことを言われるなら我慢できても、お子さんのことを言われると冷静でいられないそらはなさんのお気持ちも、もっともだと思います。だって、そらはなさんは親ですもの。この時だけは、お母様の娘としてぐっと堪えるんじゃなく、お子さんたちの母親として立っていらっしゃるんだと思います。母の愛の現れだと思うし、ご立派だと思います。

    親御さんのことを不憫だと思うご自分が哀しい…そんなそらはなさんのお気持ちを思うと切ないです。
    でも、親に対して可哀想だとか哀れだとか思っても、決してそれは親を否定しているわけでも見下しているわけでもないですよ。むしろ愛情あればこそだと思うし、自分も親も一人の人間同士として向き合ってこその感情だと思います。
    お母様を可哀想だな、不憫だな、と思われたそらはなさんご自身のお気持ちを、どうぞ大切にしてほしいと思います。

    お母様を否定したくない・言い合いたくない、お母様を大切にしたい・受け入れたい、というのも、お母様の言動に傷つかれたり「こんな言い方してほしくない!」と思われたりするのも、どちらもそらはなさんの本当のお気持ちなんだと思います。決して矛盾してるわけじゃありません。
    頭では相手に変わってもらうのは無理だと分かっていても、やっぱり変わってほしいと願ったりするものです。きっとお母様を受け入れるだけじゃなく、そんなご自分を受け入れることにも葛藤していらっしゃるんじゃないでしょうか。
    変わりたいし、変わらなきゃいけないのに、変わらない自分が嫌になる…私もそうです。
    でも、そんな自分を認める…開き直るんじゃなくて、ただ受容する…ことができれば、もう少し楽になるのかなと思います。
    そらはなさんは認知症のこと勉強されたり、お母様を理解しようと一生懸命頑張っておられます。ブログ読んでると痛いほど伝わってきます。
    私はこうしてそらはなさんのブログ読んでいるだけだからわからないけれど、きっとお母様の立場に立てばまた違ったいろいろなことがあるのでしょう。お母様もお母様の人生を必死で生きていらっしゃるんだと思います。きっと、思い通りにならないこと、もどかしいこと、お辛いこと、たくさんおありでしょう。その中でご自分なりにもがいていらっしゃるんだと思います。皆そうですけどね。

    お母様、そらはなさん達が秋田離れて、淋しかったのかな。
    お父様に先立たれて、お孫さん達も次々遠くに行ってしまうのが、怖かったのかな。
    脳の障害って、自分だけが世界から置いて行かれるような感覚になるみたいです。
    「怒る」っていうのは、お母様にとって、この世界を生き抜くために第一に取ってしまう手段なんでしょうね。
    そんなお母様に、そらはなさんは一生懸命寄り添おうとしていらっしゃるし、寄り添っていらっしゃいます。
    お互いに傷つけあいたくない、幸せに暮らしたい…皆そう願っているのに、実際にはなぜかぶつかりあってしまうのが、人間同士かもしれません。だから…失敗したりやりあったりしても、やっぱりそらはなさんはお母様を大切にしていらっしゃると思いますよ。

    …ブログ読んでるだけなのに、いつも長々と勝手なこと書いてしまってすみませんでした。

    • そらはな より:

      白雪さくらさんへ♪
      全ての言葉が、身に沁みました。ありがとうございます。
      なんだろうなぁ。子どもって(←私)いったん家を出たら、もう親とは完全に別世帯であり、親とは大人としての付き合いをしたいと思っているんです。
      だから、必要以上に干渉されるとイラっとする。
      もちろん育ててもらった恩もあるし、感謝もしている。
      けれども子どもの頃のように、頭ごなしに否定されたり押しつけられると、反発したくなるんですよね。
      親のほうも、いつまでもわが子を自分の支配下に置こうとせずに、きちんと距離をとって子どもと付き合わなければならないと思うんです。
      これはもうつくづくそう思いますから、せめて私は子どもたちには、気をつけようと思っているのですが、そこに感情が伴うから難しいんでしょうね。
      母がまだ『怒る』という感情をもっているってことは、脳の機能がしっかり働いてるってことなんですよね。
      それをありがたいと思えるようになった時が、きっと自分も成長したと思えるんでしょうけど、
      ああー・・・私はまだまだ未熟者です。

  11. さな より:

    こんばんは。
    そらはなさんの節約や掃除の記事がとてもためになってよく読んでいます。私は30歳で一児の母ですが、母とは確執があり今日もけんかをしてしまいました。この記事が私と母のけんかのようで何だか泣けてきました。
    子育てのことで口を出してきて、自分の考えが一番正しいと思って私が考えてやっているということを想像もしない、意見を尊重してくれない母。こっちも感情的になって言い返してけんかになります。
    母は変わらないから、私が変わらないといけないと思ってはいるんですけど、自分の意見が通るまでしつこいから流せずけんかになってしまいます。上手く対応出来るようになりたいです。

    • そらはな より:

      さなさんへ♪
      こんにちは。
      母と娘の関係って難しいですね。
      私は、母と接することがとても苦しくて、それでも付き合っていけるのは、やっぱり育ててもらったことに感謝しているからなんです。
      そしてそばに住んでいるからこそ、必要以上に関わることも多いわけで、だからお互い余計なことも言っちゃうんですよね。
      ただ、反面教師として、私は子どもたちのことは尊重して付き合っていけたらいいなぁと思っています。
      言葉って「受け取った側がすべて」なんだと思います。自分はそんなつもりじゃなかった、本当はこういう気持だった・・・と言っても、その時の言い方で相手に伝わったことが全てなんですよね。だから親子であっても、やっぱり傷つけるような言い方はダメだよなぁ・・・なんて、思うのです。
      さなさんもお母さまの言葉をうまくかわして、上手に付き合っていけるといいですね。
      私もがんばろう・・・。

  12. おれんじ より:

    久し振りにこちらを読ませていただいて、めっちゃ進化してはるわあ!と思いました。
    以前だったらお年のせい、認知症のせいと割り切っていらしたのでは?
    対両親だったのが1対1の関係になってまだ1、2年ですもの。模索状態は続きますよ。
    お母さんにもそらはなさんにも自分のペースがあって、とっても似てらっしゃるんですね。
    その分、理解納得できた時には更に良い関係になれるのではないでしょうか。

    お母さん宅の整理は進んでいらっしゃるのでしょうか?
    もうすぐ寒い季節がやってきますね。
    前の記事でやっと許可が出たとありまして、うちもちょうど2年だったのを思い出しました。
    うちは一番便利の良いリビングクローゼットにスーツとネクタイ一杯でしたから・・・
    うまく進められますように!

    • そらはな より:

      おれんじさんへ♪
      ああー、進化してますかねぇ?進化していたらうれしいのですが・・・。
      実家の片づけは全然進んでいません。
      母が毎日目にするリビングは、とりあえずそのままにしておこうと思っていますが、父が書斎として使っていた部屋の大量の書籍類は、そろそろなんとかしなくては。
      行動を起こすのには、本当に気力が必要ですね。
      ボチボチやっていきたいと思っています。