母の暮らすグループホームへ、面会に行きました。
もう、母が私のことを誰だかわからなくてもよい。最近は、そう思えるようになっています。
最近気づいたこと
少し前までの私は、「せめて娘だということだけは覚えていてほしい」
…そんな気持ちを抱えていました。
けれど今は、そこにこだわらなくなりました。
なぜなら、私が面会に行く理由は、いわゆる一般的な母娘のような会話をすることではないと気づいたからです。
面会の目的が変わった
近況を報告したり、他愛のない世間話をしたり、昔の思い出を一緒に懐かしんだり。
そうした会話を、私はもう母に求めていません。
今、私が面会で大切にしているのは、次のことです。
・母が元気に、穏やかに暮らしていることを自分の目で確かめること
・会話の中から、母の生き方や考え方をくみ取ること
・これまで聞くことのなかった、母の生い立ちを知ること
それさえできれば、十分だと思うようになりました。
会話は、ときどき噛み合いません。
話題が何十年も前に戻ったり、同じ話を何度も聞いたりもします。
それでも、母の言葉の端々には、その時代を生き抜いてきた人ならではの価値観や強さがにじんでいます。
今できること
私は今、いずれ迎える母との別れのために、必死で母を知ろうとしているのだと感じています。
母が認知症になる前、元気だったころには、こんなふうに母の人生をじっくり聞こうとは思っていませんでした。
「また今度聞けばいい」
「そのうち時間ができたら」
そうして、先送りにしてきたことばかりです。
それを思うと、少し皮肉です。
母が認知症になってからのほうが、私は以前よりずっと、母と向き合っているのですから。
「どちらさまですか?」と聞かれても
面会に行くと、母は必ずこう聞いてきます。
「どちらさまですか?」
私が名前を名乗ると、母は遠い目をして、一生懸命思い出そうとします。
けれど、もう娘としての私の記憶は、ほとんど残っていないようです。
以前なら、そのたびに胸が痛みました。
もちろん今でも、まったく何も思わないわけではありません。
それでも、「覚えていないこと」よりも「今、こうして話せていること」のほうが、ずっと大きく感じられるようになりました。
今は、ただ感謝している
母と向かい合い、言葉を交わす時間。
それはもう、当たり前のものではないのだと思います。

名前を覚えていなくてもいい。
母娘らしい会話ができなくてもいい。
今この瞬間、母が生きていて、声を聞ける。
そのことに、ただただ感謝しています。
そして、母が生きている限り、
こうして私はまたひとつ、母の生き方や言葉から、学ぶものを積み重ねていくのでしょう。
4年前のこと⬇️



コメント