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父の三年日記にあった一行が、今の私を支えている ――「いい一日だった」という言葉

父が亡くなったあと、私は三年日記をつけるようになりました。

特別な出来事を書くわけではありません。
その日にあったことを、短く、淡々と。

そしてなにか特別な事があった日には最後にこう書くようにしています。

「今日も、いい一日だった」

この言葉の原点には、父の遺した三年日記があります。

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父の三年日記に残っていた、静かな日々

父が亡くなって数週間が過ぎた頃、 ようやく父の遺した三年日記をパラパラとめくることができるようになりました。

そこに並んでいたのは、毎日の他愛のない出来事ばかり。

長男が大学に合格した日でさえ、
「〇〇(長男)△△大へ」
それだけ。

感情も説明もない、簡潔な記録。
いかにも父らしいな、と、思わず微笑んでしまいました。

日記は誰かに読ませるためのものではありません。
自分が読み返したとき、その日の記憶がふっとよみがえれば、それで十分。

だから、飾り立てる必要も、感情を細かく書く必要もないのだと、この時思いました。

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父が残した「いい一日だった」

さらにページをめくっていると、ふと目に留まった日がありました。

父が亡くなる1年前の春。
私と姉が休みを合わせ、父と母を誘って出かけた花見の日です。

子どもたちが学校へ行っているあいだの、ほんの数時間。
それでも、四人で満開の桜を見に行こうと決めた、あの小さな遠足のような時間。

父の日記には、こう書かれていました。

「〇〇(私)と◇◇(姉)と一緒に、四人で花見へ」

ただの事実だけが並んだ、父らしい記録。
けれど、その一番下に、そっと添えられていた一言。

「いい一日だった」

その文字を見た瞬間、胸の奥がぎゅっと締めつけられました。

満開の桜の下で、父が少し眩しそうに目を細めていたこと。
母が「きれいだね」と何度も言っていたこと。
私と姉が、子どもに戻ったみたいに並んで歩いたこと。

あの日の光、風、匂い――
すべてが一気に押し寄せてきて、息が止まりそうになりました。

――そうか。
父にとっても、あの日は「いい一日」だったんだ。

その事実が、どうしようもなく胸に響きました。

気づいた途端、涙がぽろぽろとこぼれて止まりませんでした。

父から受け取った、日記という習慣

父の死をきっかけに、私は三年日記をつけ始めました。
父と同じように、 出来事だけを淡々と書く日がほとんどです。

そして、出かけたり誰かと会ったりした特別な日には、日記の最後に、なるべくこう書き添えます。

「いい一日だった」

50代を過ぎると、毎日が順調で楽しいことばかりではありません。
体力の衰えや物忘れにため息をつく日もあります。

子どもたちは巣立ち、 親の介護が始まり、自分の衰えが気になり、いろんな現実が少しずつ近づいてくる。
そんな日々です。

それでも「いい一日だった」という言葉を添えると、1日がとても満足した日になるのです。

「いい一日だった」と書くことで、世界が少し変わる

「玄関を出たところで転んで捻挫した。」
これは、実話なのですが、痛い上に日常生活に支障も出るわけですから、思わず最後に「サイアクだ」と毒づきたくもなります。

でも、こんなふうに書き換えることもできます。

「今日もいい一日だった。
転んだけれど、骨折せずに捻挫で済んだのだから、よかった!」

人は思っている以上に暗示にかかりやすい生き物。

「いい一日だった」と書き続けているうちに、 物事の受け止め方が少しずつ変わっていきます。

何も起こらない平凡な一日でも、
「ご飯がおいしく食べられた」
それだけで、十分に幸せなのだと思えるようになりました。

今日もまた、日記を閉じるときに

マイナスな出来事やネガティブな言葉を、 わざわざ日記に書き残さなくてもいい。
たとえ嫌なことがあったとしても、「それでも、いい一日だった」

そう発想を転換できること。

それは、これからの人生を穏やかに味わっていくための、 小さな力なのかもしれません。

今日もまた、日記を閉じるとき、
私はそっと書き添えます。

「いい一日だった」

父の日記に残されていた、あの一行を胸にしまいながら。

 

 

 

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