母が入所しているグループホームから、月に一度、お便りが届きます。
今月も、手書きのメッセージとともに、施設の運営報告や行事の様子、そして写真が数枚。
そこに写っているのは、サンタクロースの衣装を着て、カメラに向かってVサインをする母。
ケーキをうれしそうに食べている母。
もちろんその時間のことを、母は覚えていません。
それでも、その一瞬だけでも「楽しい」「おいしい」と感じられたなら、それで十分。
写真を眺めながら、ふと在宅で介護していた頃のことを思い出しました。
在宅で過ごしていた頃の、静かな時間
在宅で介護していた頃、母にはこうした行事も、誰かと一緒に過ごす時間もほとんどありませんでした。
私が仕事に行っている間、母は一人でテレビの前に座り、ただ静かに画面を見つめていました。
「思い出のある家で、できる限り過ごさせてあげたい」
その思いに迷いはありませんでした。
それが母のためだと信じていました。
けれど今振り返ると、私は母が“楽しい”と思えるような演出を、ほとんどしてあげられなかった。
その事実が、胸の奥にひっかかっています。
今、母が「自分の家」と呼ぶ場所
グループホームでの暮らしは、在宅だった頃とは大きく違います。
・24時間、暖かく整えられた環境
・バリアフリーの室内
・そっと見守ってくれるスタッフの存在
・一人にしない仕組み
決して派手ではありませんが、安心して過ごせる工夫が随所にあります。
母は今、この場所を「ここが私の家」と言います。
「ここで一人暮らしをしている」とも。
その言葉を聞くたびに、私が在宅にこだわっていたのは何だったのだろうと、考えさせられます。
認知症と、記憶と、感情と
認知症は、出来事の記憶は残らなくても、そのときに感じた感情は残ると言われています。
一秒一秒が安心で、安全であれば、それは小さな幸せとして、心のどこかに積み重なっていくのかもしれません。
思えば在宅で暮らしていた頃、母は少しずつ記憶を手放しながら、言葉にできない不安を抱えていたように思います。
その不安を受け止める相手は、私しかいませんでした。
今になって思い出す、あの頃の自分
否定してしまったこと。
きつい言い方をしてしまったこと。
最後には、黙って部屋を出てしまったこと。
ごめんね。
不安だったよね。
心細かったよね。
悲しかったよね。
そしてもう一つ。
母を“楽しませる時間”を作れなかった自分。
グループホームでの暮らしを見るたびに、過去の自分の態度に罪悪感が募ります。
けれど、あの頃の私は、母の生活を支えるだけで精一杯で、それが自分の限界だったのだと思います。
「家」よりも、大切だったもの
今思うのは、認知症の母にとって本当に大切だったのは、住み慣れた家という“場所”ではなく、安心して過ごせる“時間”だったのかもしれないということです。
在宅か、施設か。
正解はきっと一つではありません。
ただ、母が今、穏やかな表情で過ごしていること。
その表情を見られることが、私にとっての救いになっています。

サンタクロースの衣装を着て、少し照れたように笑っている母の写真を見ながら、あの頃の自分もまた、母を思って必死だったのだと。
そうやって、自分自身をそっと肯定しています。
在宅か施設か、迷った時間は決して短くありませんでした。



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