母の世界に今年の冬は届いていない

今年の冬は、例年になく雪が多く、冬がずっと立ち止まったまま。

けれど、その冬は、グループホームで暮らす母には届きません。
面会に行くたび、母の世界と私の世界の“ずれ”に、小さな違和感を覚えます。

年中暖かな場所で

※イメージ画像

「今年は雪が多いよ」と言うと、母は窓の外をのぞき込み、
「ほんとだね、雪あるね」と目を丸くします。

そして数分後、同じ会話がまた始まります。

その繰り返しが、私の胸に、静かに雪のように積もっていきます。

ホームの中は一年中、一定の温度に保たれています。
そのせいか、季節はここでは役目を失い、時間だけが淡々と流れていくようです。

暑がりの母は、薄手のブラウスに軽い羽織もの。
「寒くないよ」と笑うその声は、
まるで冬を知らない国で暮らしている人のようでした。

書き初めの習字

ホールの壁に、「新春書き初め大会」の貼り紙がありました。
その下に、母が書いた習字が飾られています。
自分の名前を、まだ漢字で書ける母。その事実が、私の胸の奥を、じんと温めます。

「習字を書いたんだね」と声をかけると、
「知らないよ。やってない」と母は言います。
名前がしっかり書かれていることを伝えても、
「誰かが書いたんじゃない?」と、軽く笑う母。

私は否定しません。
母の世界では、それが真実なのですから。
正すことは、今の母には何の意味もない——
そう、もう十分わかっています。

にぎやかな場所で、母はひとり

その日もホールはにぎやかでした。
スタッフの声、誰かの話し声。
それなのに母は、
「ここで一人暮らしだもの」と言います。

目の前にいる人たちは、母の世界には存在しないのでしょう。
そして、「自分で食事を用意しているよ」と話す母に、私はもう驚きません。

母の記憶は、今この瞬間から、静かに薄れていきます。
私が誰かなんて、母にとっては、
もうそれほど重要なことではないのかもしれません。

それでも、母は笑います。
その笑顔に、私は救われるのです。

戦争中の記憶と、大根葉の味

この日も母は、戦争中の話をしました。
「大根葉しか食べるものがなかったのよ」
何度も聞いた話でも、私はそのたび、うんうんとうなずきます。

ただ、この日は少しだけ違いました。
「逆にね、今になって大根葉を食べたいなぁって思うのよ」

今、母の中に残っているのは、子どもの頃に過ごした時間の記憶だけ。
苦しかった日々も、今では“思い出”です。生き抜いた味は、記憶の奥に、確かに残っているにちがいありません。

春になったら、家庭菜園の大根葉を茹でて持っていこうか——
そんな考えが、一瞬頭をよぎりました。

けれど、今の母には噛み切れないかもしれない。
刻んでも、喉に詰まるかもしれない。

私はもう、母が食事をする姿を知りません。
どんなものを、どんな表情で食べているのかさえ、わからないのです。

これが、母が施設で暮らすという現実。

母の世界と、私の世界

母の言葉や行動は、時に不思議で、時に切ない。
けれど、そのひとつひとつが、
「今の母の世界」そのものです。

季節のない空間で、記憶が行ったり来たりする時間の中で、母は母なりに、今日を生きています。

私は、その世界の外側から、声をかけるだけ。

それでも、母の笑顔を見た帰り道、胸の奥が、ほっこりと温かくなります。

母の世界は遠くなっていくけれど、それでも——
会いに行く理由は、まだちゃんと、ここにあります。

 

 

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コメント

  1. でぶねこ より:

    そらはなさん、おひさしぶりです! でぶねこです^^

    お母さまのこと、私の義母ととてもよく似ている、いや、同じかも?と思ってしまいました(( ´艸`)
    施設にいると外の気温も関係ないので、本当に薄着(( ´∀` )なんですよね♪
    自分の世界に入っている、それでいいのですよね。
    うん、それでいいのですよ、きっと、たぶん。

    今日は義母の週に一度の通院、病院に着くなり「おなかすいた」という義母の食欲にほっこりして帰ってきました( ´∀` )

    今年の冬はとても雪が多いようですね!
    どうぞお体にはご自愛くださいね

    • そらはな より:

      でぶねこさんへ
      でぶねこさんは、お義母さんの介護にちゃんと寄り添ってるのですね。
      認知症も、いろんなことをどんどん忘れて身軽になって、それはそれで幸せなことなのかもって最近思っています。