93歳の母は私の名前がわからない。でもアリは迷わず踏んづけた!

現在、93歳の母。
父が亡くなった10年前から、少しずつ認知症の症状が出始めました。

1年前にはグループホームへ入り、今はそこで穏やかに暮らしています。
歩くこともできるし、トイレも自立しています。
ただ、認知機能だけはゆっくりと確実に落ちてきました。

私が面会に行くと、母は一生懸命に会話を合わせてくれます。
私の名前も口にします。
けれど、どこかで目の前の私と、その名前が結びついていない。
そんな感覚があります。

それでも会話は続きます。
不思議な時間です。

「捨てる」は今もNGワード

その日、母に聞いてみました。

「押し入れに座布団が30枚くらいあるけれど、あれは使うの?」

もちろん実際には、もう処分済みです。
ただ、母の反応を知りたくて聞いてみました。

すると母はすぐに言いました。
「今なんて座布団使う人なんていないでしょ。みんな椅子に座るんだから」

なるほど、わかってるじゃないですか。
現実的な答えです。

「じゃあ、押し入れの座布団は要らないよね?」
そう言うと、母は笑って言いました。

「あんた欲しいの?持っていっていいよ」

そこで私は、少し踏み込んでみました。
「私も使わないから、処分していいよね?」

その瞬間、母の表情が変わりました。
「押し入れに入れておけばいいでしょ!
ご先祖様の代からのものなんだから!
誰にも迷惑かけないんだから、だまって置いておけばいいでしょ!」

やっぱりね、と思いました。

母にとって「捨てる」「処分する」
という言葉は、今でも触れてはいけない領域なのです。

記憶は薄れても、“家の物は自分が管理している”という感覚だけは、
しっかり残っているようでした。

座布団は1年前に処分しました

足元のアリを!!

面会中、もうひとつ印象的な出来事がありました。

母と話しているとき、足元をアリが歩いているのに気づきました。
私がじっと見つめていると、母も少ししてそのアリに気づきました。

そしておもむろに立ち上がり…

踏んづけた!!

スリッパでアリを踏みつけたのです。
びっくりして、思わず笑ってしまいました。

なんだ。
いつも「もう目が見えない」と言っているのに、アリは見えるじゃん?
しかも迷いなく立ち上がり、ズンと踏みつける。

その動きは、昔とまったく同じでした。

昔は虫が怖かった母

若い頃の母は、虫がとても怖かったそうです。

母の実家は街の中心部で飲食店を営んでいたため、土に触れる機会はほとんどありませんでした。
そんな母が父と結婚し、広い畑のある家に嫁ぎました。
そして、自然と畑仕事をするようになります。
虫が怖いなんて言っていられません。

「昔は虫が怖くてねぇ」
そう笑いながら、虫をひょいと捕まえる母の姿を、私は子どもの頃よく見ていました。

いつの間にか私は、母のことをこう思うようになっていました。

母は無敵なんだ。

93歳になった今も、その“無敵さ”はちゃんと残っていました。

記憶が遠くなっても残るもの

認知症になると、できないことばかりに目が向きます。

誰が誰かわからない。
数分前のことも覚えていない。
場所や時間も曖昧になる。

けれど母を見ていると、別のことにも気づきます。

物を簡単には捨てない性格。
家の中を守ろうとする気持ち。
虫を見つけてすぐ退治する行動。

どれも、昔から母が持っていたものです。

記憶は少しずつ遠くなっていくのに、その人らしさだけは、ちゃんと残っているんです。

93歳の母を見ながら思うこと

母は今、グループホームを自分の家だと思っています。
それでいいのだと思います。
安心して暮らせる場所があり、そこで穏やかに日々を過ごしている。
それだけで十分です。

面会の帰り道、ふと思いました。

記憶はどんどん遠くなる。
けれど、人の芯にあるものは、最後まで消えないんだろうな。

そして私は、どんな風に年をとっていくのだろう。
母のように、最後まで“無敵”でいられるだろうか。

そんなことを考えながら、帰途につきました。

 

 

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