高齢の親を施設に入れるタイミング 罪悪感よりも大切にしたい“安全と安心”

「もう自宅での生活は難しいかもしれない」
そう感じたとき、親を施設に預ける決断は、誰にとっても簡単ではありません。

罪悪感、迷い、そして「自分が冷たい娘(息子)なのでは?」という思い――。
私も同じように葛藤しました。

それでも、母を施設に入れてから10カ月。
今は心の底から、「あのとき決断してよかった」と思っています。

父の死をきっかけに見えた母の変化

父が亡くなってから、母は8年ほど自宅で過ごしました。

認知症の症状は、父が亡くなる2〜3年前から現れていたようですが、
父が上手にフォローしていたため、私は気づかずにいました。

異変を感じたのは、父の葬儀のとき。
母が数分おきに同じことを繰り返して話す姿を見て、最初は「混乱しているのだろう」と思いました。

しかし、それは一時的なものではなく、認知症による症状だったのです。

母はもともと気丈でしっかり者。
日によっては以前の母に戻ったように見えることもありました。

けれど一度トラブルが起こると、異常なほど怒り出すようになり、
私は次第に心身ともに疲れ果てていきました。

外出をやめ、家にこもるようになった母

父が亡くなった当時、母は84歳。
まだ食事も作れたし、身の回りのことも自分でこなしていました。

けれど父の死後、母はいっさい外出しなくなりました。
買い物にも行かず、「何を買えばいいかわからない」と言うようになったのです。

それまで友人たちと定期的にランチを楽しんでいたのに、それもやめてしまいました。

外の世界とのつながりを絶ったことが、結果的に認知症を進行させたようにも思います。

静かな家の中で、母は少しずつ世界を閉ざしていきました。

ヘルパー導入で見えてきた“在宅介護の限界”

父の死から1年後、嫌がる母を説得して、週3回ヘルパーさんに来てもらうようにしました。

掃除や昼食づくりをお願いしましたが、最初のうちは強い拒否反応。
それでも少しずつ慣れていく中で、母の生活能力の低下がはっきりしてきました。

視力が落ちて、汚れた食器をそのまま棚に戻してしまったり、
同じ服を何日も着続けたり…。

幸いトイレは自立していましたが、入浴後の浴槽に便が浮いていたこともあり、ショックを受けました。

「このままでは母の安全を守れない」――そう感じる場面が増えていきました。

入所を決意させた“きっかけ”の出来事

決定的な出来事が起きました。

母が入れ歯洗浄剤を薬と間違えて飲んでしまったのです。

さらに、顔の半分に大きなアザができていたのに、本人にはその記憶がまったくありませんでした。

その瞬間、私は悟りました。
「もう在宅では無理なんだ」と。

同じ屋根の下に暮らしていても、24時間見守ることはできません。

そして、介護離職だけは避けたい――そう強く思いました。

「検査入院」という形で老健へ

母の世代にとって、「施設に入る=家族に見捨てられる」という思い込みは根強いものです。

そこで私は、「検査のために入院する」と伝え、老健(介護老人保健施設)に入所してもらいました。

申し込みをしてから入所までにかかった期間は約4ヶ月。

老健では週5〜6回のリハビリがあり、以前より歩行が安定しました。

食事も管理され、栄養状態も改善。
検査でも異常は見られませんでした。

グループホームで見つけた“母の居場所”

老健での4ヶ月を経て、母はグループホームへ移りました。
そこが、母にとても合っていました。

入所から半年経った今も、スタッフの方に感謝の言葉を口にしながら、穏やかに暮らしています。

認知症は進行しており、私のことを娘とは認識していないようですが、「自分に関係のある人」とは感じているようで、自然に会話もできます。

イベントにも積極的に参加し、在宅時よりずっとアクティブ。
食事も完食し、薬は「認知症」「血圧」「コレステロール」の3種類だけ。

ケアマネージャーさんからも「この年齢で薬がこんなに少ない方は珍しいですね」と言われました。

母は今、グループホームを“嫁いだ家”と思っているようです。

それでいいと思います。

穏やかで安心して暮らせる場所がある――それが何より大切なのです。

母を施設に入れてよかったと思える今

「親を施設に入れる」と決めるのは、本当に苦しい選択でした。
罪悪感もあり、寂しさもありました。

けれど今は、母も私も穏やかに暮らせています。

安全に、安心して暮らせること。
それが何よりも大事なことだと、今では心から思います。

同じように悩む方へ。

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母を施設に入れてよかった―― ようやく、そう言えるようになりました。

 

 

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