父の遺品整理で出てきた会ったことのない祖父の絵に自分探しを始める

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父が亡くなってから3年。
ようやく父の遺品である大量の書籍の処分を始めました。

ところが、父の遺品整理をしていたら、父の父、つまり私の祖父の遺品が出てきたのです。
祖父は私が生まれる前に亡くなっていますから、私にとっては想像すらできない人。
そんな祖父の描いた絵がうますぎて、いろんな想いを馳せることになりました。

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祖父の遺品

父の父、つまり私の父方の祖父は、父が17歳の時に亡くなっています。
なので私にとっては会ったことのない祖父であり、どんな人物像だったのかは想像すらしたことがありません。
唯一わかっていることは、祖父は時計屋だったということ。

小さな部品を取り扱う時計屋であった祖父は、手先が器用だったにちがいありません。
しかし、その祖父が絵がとても上手だったとは、父からも聞いたことがありませんでした。

父の書斎の天袋の戸棚から出てきた古びた紙が束ねられたものは「画帳」と記されたもの。

最初のページには、「大正四年 四月」という文字とともに、祖父の名前が記されていました。

 

中を開くと、なにこれ?
すごい上手いんですけど。

 

大正時代ですから、たぶん筆で描かれたものですよね?

 

精密な筆遣いは、時計屋が描いたものとは思えません。
いや、時計屋だから精密なのか?

 

祖父がこんなに絵が上手いなんて初めてわかった事実でした。

遺品整理は自分探しになる

そんな祖父の血を受け継いだ私の父も、やはり手先が器用で書道や絵がとても上手かったのです。
残念ながら、私にその血は受け継がれなかったようだけど、実はうちの娘も絵が上手い。

長男や次男は芸術とはまるで縁のない男たちですが、なぜか娘は小さな頃から絵が上手。
決して親ばかではございませんが、娘の絵のセンスは親の私も認めるところ。

だから、今回初めて目にした祖父の絵に、血は脈々と受け継がれていくのだということを、あらためて感じることになりました。

親の遺品整理は、時に膨大な時間を費やし、体力や労力もすり減らすこととなりますから、近年は業者に遺品整理を依頼する人が増えているとも聞きます。

幸い私には、まだ気力や体力は残っていますし、いつまでに明け渡さなければならないという時間制限もありません。
だから時間がかかっても、ひとつひとつ父の遺品を自分で見極め、選別し、処分していくことになります。
実家にはまだまだたくさんの使われていないモノたちが眠っていて、それらの大量のモノを見るたびにため息が出ます。

しかし、祖父の描いた絵を見つけたことで、初めて祖父という人物がどういう人だったのか思いを馳せることになりました。
そして、その血が少なからずとも自分に流れているのだということを思うと、血縁というつながりが今の自分を生かしてくれていることに気付かされます。

遺品整理は、自分のルーツを探る手段ともなるのですね。
そして、「縁」に恵まれて生きてこられたことが、なによりも幸せなのだと、感じずにはいられません。

祖父の遺品は、遺品整理に対しての考え方をあらためて考えるよいきっかけとなりました。

まだまだ父の遺品整理は続きます。

 

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