お隣のお宅に回覧板を届けに行った時のこと。
なんと!うちの実家の玄関のチャイムボタンの上に、ガムテープが貼られているという事実を、その時初めて知った私。
なぜ?
いったい、いつから?
ガムテープを貼ったのは、うちの母です。
なぜ母は、そんな行動をとったのでしょう。
「玄関のチャイムは押しちゃダメなの?」と聞かれ
お隣の奥さん(以下Fさん)には、うちの母が認知症であるということはお話しています。
私よりも一回り年上のFさんですが、とても気さくで明るくて、私が大変信頼しているご近所さんなのです。
その日、回覧板を届けにFさん宅を訪ねると、一通り世間話をしたあと、Fさんに聞かれたのです。
「お母さんのほうの玄関のチャイムは押しちゃダメなの?」と。
言われた意味がわからず、聞き返すと、なんと玄関のチャイムボタンの上にはガムテープが貼られているというではありませんか。
Fさんは町内の組当番で、時々我が家へ広報などの配布物を届けてくれるのですが、先月うちに来た時もガムテープが貼られていたといいます。
いったいなぜ?
いつから?
ちなみに、二世帯住宅である我が家は、ふだんの出入りは自分のうちの入り口を使うので、実家の玄関から入ることはまず、ありません。
まして、実家の玄関のチャイムボタンなんて、気にしたこともなかったので、ガムテープが貼られているということも、今までまるで気が付きませんでした。
ガムテープを貼ったのはなぜ?
急いで家に戻り、実家の玄関を確認してみると、チャイムボタンの上には、本当にガムテープが貼られていました。
しかも、ハサミでちゃんと切っただろうと思われる真四角のガムテープです。
そのガムテープを剥がし、チャイムを押してみると「ピンポ~ン♪」という音が廊下に鳴り響きました。
そして、台所のほうから母が「はーい」と言って、玄関に出てきたではありませんか。
この1~2年は母の耳が遠くなり、不在連絡票が入ることが多くなったのですが、テレビを大音量で流している居間よりも、台所にいるほうがチャイムの音が聞こえるんですね。
母へ、どうしてチャイムにガムテープを貼っていたのか聞くと
「なんでだろう?」と首を傾げる母。
母
私
壊れてないよ、ちゃんと音が鳴るよ
母
前に壊れたから、その時ガムテープを貼ったんだ
私
今までも壊れたりしてないよ
こんなやり取りを何度かしたあと、最後に母は言いました。
母
車庫のほうに行っている時に、誰かが来てチャイム押しても聞こえないから、ガムテープを貼ったんだ
おい、おい、そんな無茶苦茶な理由ってあるか!
と、心の中でツッコんでみたものの、口には出しません。
私
車庫にいてもチャイムを鳴らしてもらったほうが聞こえるから、ガムテープは外しておこうね
そう母へ話すと、母は素直に納得したようにも見えました。
母の不可思議な行動の理由を考える
私には思い当たることがあります。
それは先月、玄関のチャイムのスピーカーを、廊下から母がいつもいる居間へ移したらどうかと、母へ提案していたことです。
不在連絡票が多くなったので、どうにかそれを解決しようとした策のひとつでありました。
玄関のチャイムの音も呼びかけの声も聞こえないのは、母がテレビを大音量でつけているせいでもあるのですが、スピーカーを居間に設置すれば、いくらか聞こえるようになるのでは?という期待もありました。
ところが、想像通り母は怒り出しました。
今更、わざわざそんなことをしなくてもいい。
チャイムが聞こえないのではなく、トイレにいたり車庫へ行っていたからだ、と。
認知症である母へ、新しい提案をしたところで受け入れてくれるはずがないというのはわかっていたことでしたが、最近はなんだか調子がよさそうな母だったので、聞いてみたくなったのです。
そしてすぐに撃沈。
これ以上母へ言っても無駄なので、すんなり引き下がったつもりでした。
母が玄関のチャイムにガムテープを貼るという行動は、どう考えても理解できないものですが、認知症の人の不可解な行動には、必ず本人なりの理由があるといいます。
「チャイムの音が聞こえないのでは?」と私が言った言葉が、母にとってはストレスとなり過剰反応したのかもしれません。
チャイムが鳴らなければ、音が聞こえないという不安もなくなる。
それが母にガムテープを貼らせた原因であるならば、私はまだまだ全然母のこと、いや、認知症のことを理解していないのだなぁ・・・。
母が混乱した頭の中でどう思い、何をしようとしたのかを想像すると、母に必要なものが見えてくるかもしれません。
認知症の人は、周囲の人の言葉に追いつめられると、困った言動がますますエスカレートするとも言います。
母へは刺激を与えてはいけないのでした。
それが、良いことでも悪いことでも、とにかく現状を変えることになる刺激は、絶対に与えてはいけないことでした。
今日もまたまた反省です。
まだまだ修行が足りませんでした。
コメント
こんにちは
新しいことは不安になるようですね。
ウチもディサービスに持って行くバックのファスナーが壊れてしまい、新しく購入し、ディの前日、新しいバックに着替えなどを入れ、準備を手伝い、「明日はこの新しいバックでお出かけしてね」と私。「新しい方持って行くんだね」と母。
翌日、ディから帰ってきた母が持っていたのはファスナーが壊れている方のバックでした!
良かれと思ってやってるのですが、母には慣れたものが良いのでしょうね(笑)
あっこさんへ♪
こんにちは(#^^#)
そうそう、こっちはよかれと思ってやっても、母にとってはなんにもならないってことが多々あります。
うちの母も、視力が落ちてきているので、多少のほころびやファスナーなどが壊れていても、気が付かないでしょうねぇ。
そしてやはりいつもの慣れたものを使うんだろうなぁ・・・。
宅配便を受け取ることができるのは、すごいですね^^
それも今後は難しくなると思います。
できるだけまだマシと思うべきかもしれません。
インターホンのこと、手に取るようにわかりました。
でもついつい言ってしまうんですよね、私もそらはなさんと同じです(笑
認知症の人の心理は、なかなか頭では理解できても、心では理解できないことが多いですね。
現状を維持することが大切とは思いますが、ついついよかれと思って助言してしまう家族としてのジレンマとでもいうのでしょうかね。
私の義母は寒いのが苦手で、エアコンをガンガン付けて部屋で薄着をしています^^;
週3~4回デイサービスに行くので、タイマーを付けて毎朝9時に切れるようにしているのですが、デイに行かない日にそれを15分でも忘れていると、部屋で「寒い」とふるっているのですね。(カーディガンを羽織るとかということも、自分では思いつかないようです)自分でエアコンを操作しているときもあれば、それを完全に忘れていることも。。。
夏もそうですが、エアコンをつけたまま部屋を開けっ放しにしてしまい、びっくりするくらいの電気代の請求がきたこともあります。宅急便かセールスかわからず対応してしまうことがあったので、基本的にはインターホンや電話にはでないように言っています。それすら忘れてしまうので、紙に書いて貼ってあります。
先日私の叔母(父の妹)も一人暮らしで部屋の中で倒れていて、どうやら認知症だったようです。認知症になると、家族のフォローは絶対必要ですね。
でぶねこさんへ♪
そうですよね!宅配便を受け取ることができる!これってすごいことなんですよね。
できないことに目をむけるよりも、今できることに目を向けていかなければね・・・。
でぶねこさんのお義母さん、目が離せませんね。
寒いから洋服を着る・・・とか、暑いからどうする・・・とか、段階を踏んで考えることができないのが認知症ですもんね。
わたしも、今の母の状態はまだまだ全然イケてると思うんです。
だって私もまだ仕事に行けますからね。
現状を把握しながら、見守りながら・・・ですね。
おはようございます。
私もそらはなさんと同じことで悩んでいます。
以前にも書きましたが、母は貴重品にとても執着しています。盗られてはいけないと隠すのですが、隠した場所を忘れてしまいます。その度に失くなったと大騒ぎ。
そんなことを何度も繰り返しています。
今回は1か月近く見つからず、私も泊まりがけで探すことにしました。宿泊するのは
10年ぶりです。
長い間の紛失で、物盗られ妄想なのか、義弟が近所をうろついていたとか、見知らぬ怪しい車が走り去ったとか、嘘か真がわからない言動が続きました。結局その日には見つけられず、後日洗面所の物入れから出てきました。印鑑は紛失のままですが、、、
母の異常な行動や言動に鳥肌が立ちました。一つはこれから進むであろう認知症への不安。もう一つは、母が母でなくなっていくことへの恐怖と寂しさです。
そばにいてあげたいという気持ちと、辛いなあと思う気持ち。毎日、頭の中で葛藤してます。
そらはなさんも以前書いてみえましたが、母の姿は未来の自分でもあるのですね。
できるだけ、心穏やかに過ごそうと思います。脳トレに塗り絵も始めてみました。
ともさんへ♪
こんにちは(#^^#)
離れて暮らすお母さんのこと、いろいろ心配ですね。
一緒に暮らすお父さんはもっと大変でしょうね。
うちは、父が亡くなったあと、車のカギがなくなりました( ;∀;)
テーブルの上にわかるように置いていたんですけどね、きっと母が大事なものだと思ってどこかにしまっちゃったんですよね。
いまだに見つかっていません。
でも、その時は大変だ!と思うことでも、過ぎてしまえばどうにでもなるようなことで、案外物事ってこんな感じで過ぎていくのだなぁと思います。
脳トレに塗り絵!いいですね(#^^#)
私も心穏やかに暮らせるよう、なにかしらいろんなことをやています。