母が老健に入所してから、2度目の面会に行ってきました。
初めての面会では、スタッフの方々の配慮で母と短い時間だけ顔を合わせていましたが、今回は初めて母と二人きりでゆっくりと話すことができました。
母が私を覚えていない現実
その日、私は改めて母が私のことを覚えていないことを実感しました。目の前にいる私を、母はただじっと見つめているだけで、まるで遠くの誰かを見ているような表情をしていました。
私のことを「誰だろう?」と考えている様子はなく、目の前にいる人の問いかけに答えているだけの母。
その姿が胸に刺さりました。
試しに「◯◯(私の名前)はどうしてる?」と聞いてみたところ、母は少し考えた後、「◯◯は用があれば部屋に来るでしょ」と答えました。
私の名前を言っても、誰のことだか分からない様子でした。
母の今の生活とその幸せ
それでも、母は今の施設での生活について話し始めました。
「朝は自分でパンを用意して食べて、昼はヘルパーさんが作ったご飯を食べている」
「おやつは仏壇から持ってくる」
「天気が良ければ庭の草取りもしている」
と、まるで家で過ごしていた頃のように、何気ない日常を語る母の顔には、安堵と安心の表情が浮かんでいました。
母はこの施設を完全に「家」として受け入れており、これまで「家に帰りたい」と言ったことは一度もありません。
母の幸せと私の心境
その姿を見て、母にとって今が一番安心できる場所なのだと強く感じました。
認知症による記憶の喪失は確かに悲しく、寂しい時もありますが、母は今や誰かを心配したり、何かに苦しむことがないのです。
それが、母にとっての幸せなのかもしれません。
そして、認知症によって未来の不安や悩みがないということは、ある意味「神様からの贈り物」のようにも思えました。
切ないけれど、見守る安心感
周囲の人間として、母が私や他の人を忘れていくことは確かに寂しく、切ないことです。
しかし、母はそのことを感じることもなく、無心で過ごしているのです。
その姿を見守ることができる自分は、きっと幸せなんだろうな…とさえ思えました。
それは、9年前に父が急逝したことにも関係しています。
私は父にきちんとお別れの言葉をかけることもできなかったからです。
母の過去と現在
「今は本当にいい時代になった。みんな年寄りに親切にしてくれる」「私がこんなに長生きして、申し訳ない」と繰り返す母を見ていると、もしかしたら、母はかつて自宅でお姑さんの介護をしていた頃のことを思い出しているのかもしれません。
施設で快適に過ごす母の姿を見て、私はもう母は自宅での生活には戻れないのだと実感しました。
新たな一歩を踏み出すために
春になったら、次の施設を探すつもりです。
スタッフからのアドバイスで、母が部屋に戻る際、いつも迷って他の部屋に入ってしまうことがあると聞きました。
そのため、次の施設はより小規模な環境が母に合っているかもしれないと考えるようになりました。
少人数制の施設なら、スタッフと利用者の距離が近く、母が安心して過ごせる場所を見つけやすくなるのではないかと思っています。
母がさらに安心して暮らせる場所を見つけることが、今私の新たな目標です。母の幸せを最優先に考え、次の一歩を踏み出したいと思っています。
次の面会で聞いてみたいこと
母が私を覚えていない現実は、確かに切なく、胸が痛みます。

しかし、母は今、穏やかな日々を送っています。その中で、私は一つの希望を持つことができました。それは、母が穏やかに話をしてくれる今、これまで聞けなかった様々な話を聞くことができるかもしれないということです。
次の面会時には、母の子供の頃の話を聞いてみようと思っています。
母がどんな家庭で育ち、どんな時代を過ごしてきたのか。その中で、どんなことに喜びを感じ、どんな夢を抱いていたのかを知ることで、母との絆がまた深まるのではないかと感じています。
あわよくば、父との馴れ初めも聞いちゃおうかなぁ。(お見合いだったとは聞いているけれど)
これからの面会が、少しでも母の過去と現在をつなげる大切な時間になることを願っています。


コメント
お久しぶりです
前回半年以上前にコメントさせていただいてから 間があいてしまいましたが、毎朝 そらはなさんのブログを見ることが、私のルーティンです。
入場されたお母様の様子…私も同じ様な気持ち そして、母の様子に施設の帰り道 何とも言えない気持ちで帰路に着いていました。
過去形なのは、実は去年の2月に旅立ちました。
老健を一年 その後要介護3にて特養に移り 亡くなる一年前には、要介護5となり コロナが、収まったとは言え、インフルその他感染症の予防の為 時間制限の面会..が、続くなか 最後の半年は、面会しても車椅子で傾眠していることが、ほとんどで した。
それでも、声掛けをして 身体を擦り 母の温かさを感じる事で気持ちを整理出来た様に思います
亡くなる1日前に指先チアノーゼが 出現して 心づもりをして面会に行くと、ほぼ反応が無かった母ですが、私の声掛けに閉じたまぶたを動かし 返事をしてくれたのです
帰省していた次男もその様子にとても驚き 感動しておりました。
そして、次の日に最期は間に合いませんでしたが、特養のスタッフの皆様に看取られて穏やかに亡き父 2年前に亡くな私の姉 長女の所に旅立ちました。
前の日にも母の耳元で、「2人が、待ってくれてるから 大丈夫だよ、心配せんで良いよー」と声掛けした私です。
認知症で、娘と認識出来なくなっていた母ですが、こころでは、ちゃんと繋がっていたのかな と思います
そらはなさんも、これから色々と感情が、揺れ動くと思いますが、今 出来る事を 出来る範囲で頑張ってくださいね
つたない話でごめんなさい
お身体 ご自愛くださいね
たむちゃんさんへ
お話、お聞かせくださりありがとうございます。
胸がギュッとなりました。
認知症でいろいろな記憶が薄れていく中でも、親子の絆は最期まで残っているんですね。
私も、限られた面会時間の中で、母との会話を楽しみたいと思いました。