歳を重ねた親の暮らしを見ていると、「このままで大丈夫だろうか」と胸がざわつく瞬間があります。
何かしてあげたい。でも、本人は「大丈夫」と言う。
その言葉に安心しつつも、心のどこかで「本当に?」と不安が残る。
子どもとしての葛藤は、どんなに歳を重ねてもなくならないものです。
私にとって、それが“廊下の手すり”でした。
あれから5年。
母と手すりが過ごした時間を、今、静かに振り返っています。
「手すりなんていらない」と言った母
母が廊下で転びそうになったのは、今から5年前のことでした。
幸い、壁に手をついて倒れずに済みましたが、以前にも転倒して顔を打ったことがあり、私はずっと不安を抱えていました。
そのとき思い出したのが、ケアマネジャーさんの言葉です。
「介護保険で手すりをつけられますよ。」
さっそく母に話してみたものの、返ってきたのはそっけない答えでした。
「廊下に突起があると、かえって邪魔になる」
「どうせすぐ死ぬから要らない」
母らしい言葉でした。
強がりなのか、照れ隠しなのか。
でも、足腰の衰えは待ってくれません。
「何かあってからでは遅い」と思い、私は静かに“行動”を選びました。
介護保険で設置した手すり
業者さんに相談し、トイレ前と玄関側、そして母がよく出入りする勝手口にも手すりを設置することになりました。
申請から工事まではおよそ2週間。
施工そのものは、わずか1時間ほどで終わりました。
作業が終わるころ、ケアマネジャーさんが様子を見に来てくれました。
そのとき、母がふと口にしたのです。
「手すりがあると安心だね」
その言葉を聞いた瞬間、これまでのもやもやが吹き飛んだ気がしました。
もしかしたら母は、本当は手すりが欲しかったのかもしれません。
私に気を遣って「要らない」と言っていたのかもしれません。
手すりが支えた日々
それからの3年間、母は手すりを頼りに毎日を過ごしました。
認知症が進み、設置した理由を説明してもすぐに忘れてしまいますが、そのうち母は手すりを“最初からあったもの”と思っていたようです。
通るたびに、自然と手が伸びる。
それが“手すりの力”でした。
ときどき、「これ、助かるね」と笑った母の顔が、今も鮮明に思い出されます。
あの時、迷わず設置を決めて本当によかった――心からそう思います。
そして今、母は施設で暮らしています
5年が経ち、母は昨年末から介護施設で生活しています。
実家の廊下の手すりは、減築リノベーションの工事でまもなく撤去される予定です。
廊下の壁に残る、母の手のあと。
母が暮らした痕跡が、あちこちに残るこの家も、まもなく新しく生まれ変わります。
そして——。
「どうせすぐ死ぬから要らない」と言っていた母は、今も元気に生きています。
手すりは確かに、母を守ってくれました。
“今、必要なこと”を整える
介護とは、先の見えない時間との付き合いです。
だからこそ、「今、必要なことを、その時に整える」ことが大切だと感じます。
たとえその設備がいつか不要になっても、その時に必要だった支えは、確かに誰かを守ってくれる。
手すりはまもなくこの家から姿を消します。
けれど、「つけてよかった」という思いは、私の中で静かに息づいています。

廊下の手すりは本当につけてよかった!
あの時の安心は、この家の記憶の一部になりました。
手すりはただの道具ではなく、母と過ごした日々をそっと見守る存在だったのだと思います。
手すりが母を支え、今は私の記憶を支えている。
そんなふうに思える5年でした。
手すりをつけた時のこと⬇️



コメント