クマ肉を煮込んだあの日から8年|“クマが身近な存在”になった今、思うこと

8年前に書いた「クマ肉料理の仕方」というブログ記事が、最近になって急にアクセス数を伸ばしています。

どうやら今年は、全国各地でクマの出没や人身被害が相次いでおり、“クマ”が社会ニュースの主役になっているからのようです。

そんな中、数日前には私の住む地域でもクマの目撃情報が多発。
そして今日、近所のスーパーの自動ドアが「手動モード」に切り替えられていました。
「ついにここまで来たか」と、現実を突きつけられたような気持ちになりました。

まさか8年前、のんきにクマ肉を煮込んでいた頃には、こんなに“クマが身近な存在”になるとは思いもしませんでした。

クマ出没が増える背景にある「エサ不足」

今年のクマ出没の多さは、山の木の実――ドングリやブナの実など――の不作が原因だといわれています。

エサを求めて人里に下りてくるクマたち。
その背景には、気候変動や森林環境の変化、そして里山の管理不足といった、人間社会の影響もあるようです。

自然のリズムが少しずつ狂い始めている。
それを最初に感じ取るのは、山で生きる動物たちなのかもしれません。

「怖い」と感じるのは当然。でもそれだけではない

正直、クマのニュースを見るたびに胸の奥がざわつきます。

もう他人事ではありません。
秋田で暮らす私にとって、「出没情報」がスマホに届くたびに、いつもの道や風景が少し違って見えるのです。

朝、家を出る時も、ドアを少し開けて周囲を確認してから外へ。
もはや私自身が“警戒する不審者”のような姿(笑)

でも、怖がるだけではなく、
「なぜ出てくるのか」を理解しようとすることも、同じ自然の中で生きる人間として大切なことだと思うようになりました。

8年前に作った「クマ肉料理」から感じたこと

8年前、地元の猟師さんからいただいたクマ肉を、教わった通りに煮込んだことがありました。

最初は「臭そう」「怖い」と思っていたけれど、時間をかけて丁寧に下処理をして煮込むと、意外にも深く滋味のある味。

その一皿を通して、「命をいただく」という意味を実感しました。

あの時は珍しい食材への興味でしたが、今思えば――
それも“自然と人との距離”を考えるきっかけの一つだったのかもしれません。

自然を「遠ざける」から「理解する」へ

クマの出没ニュースが増えるたびに、便利さを優先してきた私たちの暮らしが、自然とのバランスを崩しているように感じます。

人の生活圏と野生動物の生息地の境界が、いつの間にかあいまいになってしまった。

結果として、クマたちは人里へ、人間は恐怖へ――お互いに迷惑しあう関係です。

「人間を怖がらなくなったクマ」なのか、
「人里に迷い込んでパニックになってしまうクマ」なのか。

でも、言えることは、人間とクマの共存は無理だということ。

クマは怖い

今日も車を運転中、四つん這いで動く黒い影が目に入り、「クマか!?」と心臓が跳ねました。

よく見たら、外構工事でセメントを塗っている左官屋さん。
……普段の光景なのに、もうなんでもかんでもクマに見えてしまうという状況よ…。

もはや、尋常ではありません。

人間の生活圏に現れたクマは“害獣”と呼ばれます。

クマの生息域に侵入しているわけではないのですから、迅速に駆除してほしい。

個人の切なる願いでした。

 

 

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