亡くなった父宛てに届いた年賀状と故人を思い出すということ

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亡くなった父宛てに年賀状が20枚ほど届きました。
ほとんどが県外に住む方たちから。

おそらく年に1度の年賀状のやりとりで、お互いの近況を報告しあっていた方たちなのでしょうね。

一言書き添えられた文面を読みながら、父に代わって寒中見舞いの準備をしました。

これが新年第一の私の仕事となりました。

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亡くなった父に届いた年賀状

父は顔の広い人だったので、80歳を過ぎてからも毎年100枚以上の年賀状のやりとりをしていました。

父の訃報は地域のローカル新聞に「死亡広告」としてお知らせしましたので(この辺は田舎なので、新聞に死亡広告を出すのが普通)、地域の方は父が亡くなったことは知っています。

100枚以上ある年賀状の相手に対して、喪中はがきを送るべきかどうか悩みましたが、それはやめました。

なぜなら、喪中はがきを送る相手は、私が年賀状をやりとりしていた相手に対して送るものであって、父が年賀状をやりとりしていた相手へ家族が代わりに送るものではありません

もしも家族が送るとしたら、それは「死亡通知」。
しかし、父が亡くなった時にたいていの方は葬儀に参列してくださったので、わざわざ年末に「死亡通知」をする必要もありません。
なので、あえて何もしないままでいました。

 

亡くなった父がやりとりしていた年賀状相手へ 喪中はがきと死亡通知と寒中見舞い
今年は父が亡くなった年なので、喪中はがきを準備しなければならないなぁ・・・と考えていました。 私の友人たちとはメールなどで連絡を取り合うようになり、年賀状をやりとりする数もだいぶ減ったので、さほど大変ではありません。 ところが父...

 

予想通り、父宛てに年賀状が届きました。
それは遠方に住む方たちから。

年に1度の年賀状の付き合いの方たちで、今でも父が元気に暮らしていると思っている方たち。

 

「小学校時代の楽しかったことが思い出されます」
「第二、第三の人生を達者に明るく歩んでおられることと信じております」
「どうぞお体を大切に。お幸せな毎日を過ごされますように」
「今年はあらためてお宅に伺いたいと思っております」

 

などなど・・・。

みんなそれぞれ自分の想いを込めて年賀状を送ってくださったのだと思うのですが、なんだか切なくなりました。

いないんだよ。
父はもうここにはいないんだよ。
達者に明るく歩んでいたのは事実だけれど、あの日突然その人生が終わってしまったんだよ。
今年自宅にきても、父の写真にしか会えないんだよ。

 

 

ひとつひとつの年賀状に向かって返事をする私。

はぁーーーっ。なんだか切ない。

故人に届いた年賀状の返事は寒中見舞いで返す

父の死を知らずに年賀状を送ってくださった方たちへは、寒中見舞いとして返します。

寒中見舞いとして出すには

  • 1月7日~2月立春まで(なるべく早くお知らせしたいので1月7日に投函)
  • はがきは普通の官製はがきでよい
  • 文章に句読点はつけない(慣例による)

ということをふまえ、さっそく寒中見舞いのはがきを作成しました。

こういうのって、後になればなるほどやりたくなくなるし、自分がお正月休みの間にやってしまいたかったからです。

 

年頭のご挨拶をいただきありがとうございました

夫 〇〇は平成二十八年五月に他界いたしました

旧年中にお知らせ申し上げるべきものを 年を越してしまいましたご無礼の段 どうかお許し願います

故人が生前に賜りましたご厚情に深謝申し上げますとともに この厳冬の折柄 皆様のご健康とご多幸をお祈り申し上げます

 

差出人は母の名前にしました。
おそらく寒中見舞いが届いたら、先方から電話が入るかも・・・と想定しました。
母が日中電話で対応することで、いろんな面で刺激となればいいなと思います。

故人を思い出すということ

父の死から半年経ったころ、初めて父が夢に出てきました。

私が庭木の剪定をしながら
(あーぁ、父が生きている間にもっと一緒に庭仕事をしてればよかったなぁ。この木の枝のここを切ったらいいんじゃない?なんて父と相談しながらやりたかったなぁ。もっと父にいろんなことを聞いておけばよかったなぁ)

などと思ってふと顔を上げると、庭の向こう側で父が一生懸命庭仕事をしているではありませんか!

いつものようにグレーのシャツを着て、いつもの帽子をかぶり、首にタオルを巻いている。

なんだぁ!
お父さん、死んだと思っていたけど、庭仕事してたのか!
よかった!お父さんに、どの枝を切ったらいいか、聞こう!

そう思って、父に近づいていき、手を伸ばせば父に触れられるところまで行った瞬間・・・。

目が覚めました。

 

あまりにもリアルで、今の今まで父の姿を見ていたので、一瞬夢なのか現実なのかわからなかったほど。

だけど夢の中の父は、私が近付いていっても私に気付くことなく、楽しそうに一生懸命作業をしているのです。

今、声をかけたら父が顔を上げてこっちをみて、父と話ができる。

なのに、なんで目が覚めちゃったんだろう。
目覚まし時計が鳴ったわけでもないのに、あともう少し眠っていられたら、父と話ができたのになぁ。

目が覚めても、とてもガッカリした気持ちだけが残りました。

 

それから数日後、友人からこんな話を聞きました。

「亡くなった人が夢に出てきて何か話をした場合は、その人がこの世にまだ未練があるってことなんだって。だから、何も話さないで楽しそうにしているのは、向こうでも元気にしてるってことなんだって」と。

私、夢占いとか亡くなった人からのメッセージとか、そういったスピリチュアルなことはあまり信じないほうなのですが、この時ばかりはとても安心したのです。

よかった。
父の声は聴けなかったけれど、父は楽しそうに庭仕事してたよなぁ。
きっと父は向こうでも、自分の好きなことをやって楽しく暮らしてるにちがいない・・・って。

 

毎日の暮らしの中では、仕事だったり家事だったり子どものことだったり、いろいろやることが多くて、父のことは思い出す暇もなかったりします。

だけど、こうやって夢に出てきたり、父宛てに届いた年賀状を見ることで、またいろいろ父のことを考えたり想ったりするものなんです。

故人のことを思い出せば出すほど、故人は成仏し上の階級にあがっていくともいいます。

 

父の遺品を、時間をかけて整理するということも、悪くないかもなぁ・・・。

2017年の年初め、そんなことを考えたりもしています。

 

コメント

  1. 水仙 より:

    今年もよろしくお願いします。医者知らずの一年でありますように。

    • そらはな より:

      水仙さんへ♪
      本当に、医者知らずが何よりの節約であり、何よりの幸せですね。
      今年もよろしくお願いします(#^^#)

  2. とも より:

    あけましておめでとうございます。
    今年もよろしくお願いいたします。

    義父宛の年賀状は、今のところ1通もきてません。94歳と高齢だったので、同級生の方々も亡くなられてるか、書けない状態なのかもしれませんね。

    夢といえば、元旦の夜に見る夢が初夢だったと思うのですが、昨夜の夢は自分でも笑っちゃうほど間抜けな夢でした。
    わたくしなんと総入れ歯になってしまったのです。50歳なのにどーして〜?と慌てふためいて、外してみたら梅干し婆さん。笑
    目が覚めても、なんだかなーという気分でした。

    今年も健康で、歯を食いしばって頑張れよーと励ましてくれてるんだと、前向きに考えるようにしました。
    前進あるのみで、進んでいこうと思いまーす!

    • そらはな より:

      ともさんへ♪
      あはははは(#^^#)
      総入れ歯の初夢ですかー!
      そうえいば、私、初夢覚えていません。それだけ爆睡してたんでしょうけど。
      ものごと、なんでもとらえ方次第ですね。
      すべてポジティブにとらえて、今年も元気にやっていきましょう。
      ほんと、前進あるのみですねー。