子育てが楽しいと思えなかった25年前の自分へ今だから言えること

私は、旧ブログをいまだに公開しています。
記事情報としては古くなっているので、たまに加筆修正し、このブログへ移動させているのですが、年に数記事程度なので全然作業が追い付きません。

そんな中、旧ブログの記事へコメントをいただきました。
その記事は、自分で書いたことすら忘れていたのですが、読み返してみると、当時の気持ちが蘇ってきました。
同時に、ものすごくまとまりのない文章だったので、加筆修正した記事を、こちらのブログへ移動することにしました。

記事タイトルは
「子育てが楽しいと思えなかった25年前の自分へ今だから言えること」

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ベビーシッターという選択

長男が生後10か月になった時、ベビーシッターにお願いしたことがあります。
当時、夫の転勤で千葉市に住んでおり、長男が10か月になった時、私は育休明けで職場復帰しました。
幸い、職場の近くの保育園に長男を預けることができたのですが、保育園へ通い出してから2週間目に、長男は水ぼうそうになってしまいました。

共働きで核家族、実家は遠くてアテにできない。
そんな我が家の選択肢は、ベビーシッターしかなかったのです。

集団保育の宿命

水ぼうそうの潜伏期間は2週間なので、保育園に預けてすぐに長男は水ぼうそうにり患したことになります。
しかたがない・・・。これが集団保育の宿命です。

仮に水ぼうそうにならなかったとしても、保育園に預けて最初の1年間は常に鼻水を垂らし、月に1~2度は必ず「お熱があるので迎えにきてください」コールが保育園からかかってきました。

職場復帰した初日、上司に言われました。
「あなたは核家族で実家も遠いから、子どもが感染症(水ぼうそうなど)で長期に休まなければならない場合の預け先を考えておくように」と。
女性上司でしたが、なんて冷たい人なのかしら・・・と、その時は思いましたよ。

でも、正職員で働く以上当たり前のことです。
子どもが突発的な発熱などで1日~2日休まなければならないときは、夫と交代で休んだりしてなんとかなりますが、水ぼうそうのように1週間~10日も休まなければならない場合は、なんとかならないのです。
私が休むことによって、同僚には迷惑をかけることになりますし、私も心苦しくて休んでいられません。
上司の言うことはもっともだと思いました。

保育園などの集団保育に預ける以上、子どもは必ずや何かの病気にかかります。
それを繰り返すうちに免疫力も体力もつき、子どもは元気にたくましく育っていきます。
これはしかたがないことなのだとわかっていても、私のように実家も遠く、子どもが病気になった時も誰にも頼めない時は、本当に途方に暮れてしまいます。
そして、そのころ実家の母は入院しておりました。

これ以上、仕事は休めない。
ならばお金を払ってベビーシッターを頼むしかない。
そんな結論に至るまでは、そんなに時間はかかりませんでした。

ベビーシッターにかかった費用

もう25年前のお話なので、ベビーシッターの費用も今とはちがうかもしれません。
当時はインターネットもまだ普及していない世の中でしたので、ベビーシッターは電話帳を開いて探しました。
詳細な情報もわからず、ベビーシッターの相場もわからず、不安なまま、それでも藁にもすがる思いで何件か電話をかけ、自分の条件ともっとも合うベビーシッター派遣会社へ依頼することになりました。

●生後10か月の子どもが水ぼうそうであること
●平日7時30分~17時30分までシッターさんにお願いしたいこと

そして、自分の住所を伝えると、ベビーシッターに登録している方で一番近くに住んでいる方が派遣されることになりました。
とはいえ、バスを乗り継いで自宅まできてくれるシッターさんの交通費は、こちらで負担しなければなりません。

ベビーシッターの基本料金は、平日時間内(8時~17時)であれば時給1,200円。
それ以外の時間になれば時給1,500円。
私は朝の30分と夕方の30分が時間外となるので、1日にかかる費用は12,300円となりました。

他に入会金10,000円。年会費2,000円。
そしてシッターさんの交通費。

夫も2日間は会社を休んでくれたので、我が家がベビーシッターにお願いしたのは平日の5日間。
総額73,500円+交通費

当時の家計簿なんて残っていませんが、「ベビーシッター頼んだら8万円もかかった!」なんて友達に言っていた記憶がまだ鮮明に残っております。

ベビーシッターのメリット・デメリット

ベビーシッターのメリット

1.私が安心して仕事ができる

なんといってもこれに尽きます。
シッターさんは40代くらいの女性でしたが、とてもやさしい雰囲気の方で、安心して長男をお願いすることができました。
1日めは私が出勤するときは泣いていた長男ですが、2日めからはシッターさんによくなついていました。
今にして思えば、長男の順応性の高さにもびっくりします。

またシッターさんは、1日の長男の様子をこと細かくノートに記録してくださるので、1日どんな風に過ごしていたのかがよくわかりました。

2.子どもの離乳食を栄養バランスを考えて作るようになった

シッターさんは基本的火を使ったりする料理はしません。
電子レンジで温めるくらいのことはしてくれます。
なので、私が長男の昼食やおやつを用意しなければなりませんでした。

当時10か月の長男。
離乳食まっさかりの時期でしたが、よそ様に食事を食べさせてもらうとなれば、めちゃくちゃ気を遣いました。
まさか瓶詰のベビーフードを置いていくわけにもいきませんから、朝から長男の離乳食を作りました。

そうめんを茹でたり、鶏ささみにホワイトソースをからめたものとか。
人参をコンソメで薄味に煮てすりつぶしたものとか。
バナナとヨーグルトとか。
おやつには、赤ちゃん用おせんべいと赤ちゃん用りんごジュースとか。

自分ひとりなら適当に食べさせるのですが、人に見られるとなると気をつかう。
出勤前の大仕事でした。

「お母様の愛情あふれるバランスのよいお食事」
なんてシッターさんには毎日ほめられていました。

3.部屋がとてもきれいになった

出勤前の朝はドタバタしていて、部屋はちらかったまま出ていくことが多かったのですが、家にシッターさんがやってくるとなれば、そうはいきません。

離乳食作りをして、さらに部屋も掃除する。
おかげで部屋がとてもきれいになりました。

私ってきっと見栄っ張りなんでしょうね。
でも、そのときの習慣が身についたのか、部屋は常に片づけるようになりました。

ベビーシッターのデメリット

なんといっても費用がかかる。
ベビーシッターのデメリットはこれしかありません。

5日間お願いして8万円です。
友人たちにも、「私、今の仕事辞めたらベビーシッターやる」なんて話をしていました。
もっとも、ベビーシッターさんに渡るお金はどれくらいなのかわかりませんけどね。

幸い、長男をみてくださったベビーシッターさんはとてもやさしく気が利く方で、本当に助かりましたが、昨今のいろいろなニュースを耳にするたびに、他人に我が子を預けるという怖さも、今ならばよくわかります。
しかし私は、あの時のベビーシッターさんに今お会いできるのなら、私がどんなに感謝していたか伝えたいです。
あの頃は若気の至りで、言葉にして十分伝えきれなかったと思うんですよね。

子育てが楽しいと思えなかった当時の自分

子どもが生まれる前までは、自分の考えで自由に行動できたいたことが、子どもが生まれたその日からは、すべて子ども中心で動かなければならず、行動も制限されるようになります。
これってものすごいストレスです。

「子育ては楽しいですか?」
当時、乳児健診の問診票にあった質問ですが、「はい」に丸をつけないと、なんだか自分は母親失格のような気がしていました。
だって私は、子育ては決して楽しいとは思えなかったから。

母親業は24時間営業で夜も授乳のため眠れない。
長男は全母乳で、夜中も2時間おきに泣くので、自分がいつ眠っていつ授乳しているのか、時間の感覚もないまま朝を迎える。
日中もアパートの一室でわが子と二人っきりで、どんなに眠くても子どもが泣けば抱っこしていなければならないし、自分が食べることは二の次で子どもに授乳したりオムツを替えたりと、すべて子どもに合わせなければならない。

そんな子育てを「楽しい」って心から思うことができませんでした。

育児が楽しいと思える瞬間って、たまには夫や実家の親などに子どもを預けて、一瞬でも解放される時。その時こそが子育ての楽しさを噛みしめる瞬間なのではないかなぁ。
そして、多くの人たちがわが子にかかわってくれることで、我が子が多くの人から愛されていると感じることで、初めて心が満たされて「子育てが楽しい」と思えるんじゃないかしら。

私が、子育てって大変だけど楽しいこともある・・・って思えるようになったのは、職場復帰して子どもを保育園に預けるようになってからでした。
育休中の、アパートの一室で我が子と2人っきりの、今でいうワンオペ育児は、本当に辛かった!

子育て支援を活用しよう

現在私が暮らす秋田の田舎町でも、ここ数年で病院の小児科が「病児保育」を始めました。
丸一日預かっても、利用料金は2,000円ほど。
また、自治体によって助成費用の違いはあれど、ベビーシッターを利用すれば助成金が出る制度もできましたよね。

25年前とちがって、今は多くの子育て支援がありますから、利用できるものはどんどん利用して、助成してもらえるものはどんどんいただいて、世の中に助けてもらいながら子育てできる今が、うらやましいです。

初めての子育ては、孤立したアパートの一室でものすごいストレスを抱えながらも、何とか私が発狂せずにやってこられたのは、毎日ベビーカーに長男をのせて、30分~1時間歩いてお散歩したりスーパーへ買い物に行ったり、とにかく用事を作って外に出かけていたこと。

近くの割烹料理屋のお店の前には、大きな水槽があって魚が泳いでいる姿を、毎日眺めにいったっけ。
ちょっと離れた場所の公園に行っていたのは、電車がよく見えたから。
抱っこしてないとすぐに泣く長男だったのに、ベビーカーにのせるとご機嫌で、帰り道は必ず爆睡していたよなぁ。

そんな些細な光景が、25年経った今でも鮮明に思い出すことができ、それらは今、本当にキラキラ輝いていた宝物のような時間であったと、心の底から思います。
3人の子どもたちが、全員家を出たからこそ、そんな風に思うのかもしれませんね。

もしも、我が子がいつか結婚することがあり、いつか子どもが生まれることがあったなら、私は我が子をいつでもサポートしてあげられる元気なばぁちゃんでいたいのです。
それはわが子に、子育ては楽しいって思ってほしいから。

同居は嫌だけど、なにかあったらすぐに飛んで行けるアクティブな年寄りになりたい。
そんなことを最近思っています。

 

*2103年12月に公開した旧ブログの記事を加筆修正いたしました。

このたびいただいたコメントも掲載しておきます。

 ~ひろさんより~

新ブログの方に1度コメントした事があるのですが、こちらのこの記事にどうしてもコメントしたく、記載させていただきます。
もう、コメントの返信等していないだろうなぁと思ったのですが。すみません。

私も11ヶ月の子を保育園に預け、今年4月からフルタイムで仕事復帰しました。うちの子は、保育園の誰よりも保育園を休んでいます。体調は良い時の方が少ないです。
これについては、私はもう本当に悩みに悩んでいるとこです。

ただ、今は確かに助成など制度の面では前より恵まれた時代だと思います。これは、そらはなさんのような先輩の働くお母さん達が頑張って作ってくれた道を歩かせてもらっているんだと思いました。
私の悩みも、20年後のお母さん達が歩く道を良いものにするのかもしれないと思うと、頑張ろうと思えました。

病児保育の帰り道、子供が可哀想やら、仕事を休みすぎて肩身が狭いやら、色々な想いが溢れて子供を抱きながら泣いて帰ったこともありました。
私の作る食事のバランスが悪いから熱を出しやすいのかと、あらゆる工夫をして睡眠時間を削った挙句、自分が肺炎で倒れたこともありました。

楽しいと思える時もあるけれど、今は辛いと思う時も多いです。でも、この記事で、私の悩みが20年後のお母さん達が歩く道を作るかもしれないと思うと、なんだかまだまだ頑張ろうと思いました。
私も後の世代のお母さんを励ますことがいつかできるといいなと思います。ありがとうございました。

 

私の方こそ、忘れていた記憶を思い出すことができ、再度記事を加筆修正する機会を与えていただいたことに感謝です。

コメント

  1. Kumakuma より:

    こんばんは
    そらはなさんのブログと出会ってから6年位になります。
    あっという間に~
    月日がたつのは早いものでます。
    前のブログも見てみたいです。
    タイトル名教えてもらいたいです。

     

    • そらはな より:

      Kumakumaさんへ♪
      わーっ。6年ですかぁ。
      前のブログは、このブログのサイドバーにもリンクさせている「がんばらない節約と・・・」です。
      たまに読み返してみるのですが、自分の記憶を読み覚ますよい機会となっています。