認知症は新しいことを覚えられないのではなく目の前にある今がすべて

認知症になると最初に現れるのは記憶障害だといいます。
特に、新しい出来事を覚えておくことができないため、繰り返し同じことを聞かれイライラするというのは、よくある話。

最近、母をみていて思うことは、『新しい出来事を覚えられない』というよりも、『今自分が目にしたことが全て』なのだということ。
昨日の記憶も、明日の想像もない、今この瞬間で成り立っているんだなぁと思うのです。

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お歳暮

11月末、親戚からお歳暮が届きました。
それは何十年も前から続いているもので、父が亡くなったあとも変わらず届いているもの。

それに対して母はいつもイオンのギフトカードをお返しします。
親戚の家の近くにはイオンがあり、食料品や日用品をいつもイオンで買い物しているので、10年くらい前からギフトカードを贈るようになりました。
親戚のお宅も高齢となり、品物でお返ししてもすべてそろっているので、ギフトカードでお返しするようになったというわけです。

そして毎回繰り広げられるパターンが決まっています。

まず最初に母が私に「何か適当なものを返してやってちょうだい」と言います。
私は「毎年ギフトカード送ってるよ。それでいいんだよね」と答えます。

すると母、一瞬考えるような顔をして「どうしたらいい?」と聞いてきます。

どうしたらいいも何も、結局は毎回「ギフトカードが一番いい!」と母が決断するのだから考える必要もないのですが、一応私も「ギフトカードがいいんじゃないの?」と答えます。

すると母は納得したように「そうだ、そうだ。ギフトカードが一番いい」と言って、私にお金をよこしてきます。
「今すぐじゃなくていいから。あんたの都合のいいときにお返ししてちょうだい」と母は言います。

毎回、お歳暮とお中元のたびに同じ会話をしています。

お歳暮のお返しに

ところが今回のお歳暮の件では、ちょっとばかり私が辟易するようなことがありました。

母は「2万円(のギフトカード)返したらいいかしら。1万円でいいかしら?どうすればいい?」と言うので、「夏のお中元の時も1万円返したから1万円でいいんじゃない?」と答えました。

すると母。
「送ってきたものは2万円くらいのものだから、2万円返さなきゃ!」と言います。
いやいや、2万円相当のものに2万円のギフトカード返したらなんだか失礼なんじゃない?いつも1万円お返ししてるんだから、いつも通りでいいんじゃない?急に2万円返されたら、向こうもびっくりするよ・・・などなど、私も何度も言ったのですが、母は「2万円」と言って譲らない。

はい、はい。わかりましたよ。仰せの通りに致しますと、私も母から2万円を預かりました。

「すぐに返すと失礼だから、12月の中頃を過ぎたら送ってちょうだい」という母は、なんの、なんの、まだまだしっかりしているではないですか。

私も、クリスマスの頃に届くように、イオンのサービスカウンターで手続きしてこようと、思いました。

毎回同じこと

翌日、仕事から帰ると母が待ち構えていたように言いました。
「親戚からお歳暮届いたから、何か返してやってちょうだい」

私「うん。ギフトカード送るよ」
母「ああ、そうだね。じゃあ、あんたにお金渡しておくよ」

いやいや、お金はもう受け取っているから、と私が答えると、「あら!そうだった?」と母。

実はこのやりとりがこの後、1週間続きました。
毎度毎度、母は私にお金を渡そうとするのです。
私も『お歳暮詐欺』じゃないんだから、お金は受け取りませんでしたけどね。

父が亡くなってからのお中元とお歳暮のたびに、お歳暮詐欺のようなコントを繰り返すのは、毎度のこと。

しかし、今回私を辟易させたのは、お金の額が二転三転したことでした。

お金の額が二転三転

ギフトカードは2万円!と言って譲らなかった母ですが、翌日になると「1万円」と言い出しました。
なんで?昨日は2万円って言ってたよ?と私が言うと、「えっ?そうだった?」と母。

そしてその後は、1万円と言ってみたり2万円じゃなきゃダメだと言ったり、日和見でコロコロと変化しました。
さすがに1週間これが続くと、私もいい加減イライラしてきました。

「2万円(お母さんから)受け取っているから、もういいよ!2万円で!」
私も半分怒ったように言うと、母も怒って言い返してきました。

「どこの世界に2万円も返す人いるって!あんたも常識ないねっ!2万円(相当)のお歳暮に2万円返したら失礼でしょ!」

・・・って、おい、おい。
2万円って言って聞かなかったのはお母さん、あなたなんですけど。

今目に映る現実がすべて

母が毎日私のところへやってきて、同じことを繰り返し言うのは、母の目の前にいつも『親戚から届いたお歳暮の送り状』があるからです。
母はそれを忘れないように、透明なテーブルクロスの下に挟んでいて、朝になるとその送り状に気付き、「お返ししないと!」という焦りが出てくるのでしょう。

そして、前日の私との会話も、私にお金を渡していることもすべて忘れているのです。

「急がないから、後で返してやってちょうだい」と自分で言っておきながらも、当日になると「後で」という概念はない。
とにかく『今、お返しした』という事実がなければ、不安でしょうがないのでしょうね。

こうした母の記憶障害には慣れているので、母には『娘(私)にお金を預けた』ということをメモさせて、一緒にテーブルクロスの下に挟んでいたのですが、そちらのメモはもはや眼中にないのです。
母の視界に入るのは、『親戚から届いた送り状』だけ。

後になってみれば、その送り状の紙に直接赤ペンで『娘(私)にお金を預けた』とメモしておけばよかったと思うのですが、こういうのもいろいろやってみて気づくことなんですよね。
1週間毎日、「お返ししてちょうだい」と私に言い続け、しかも「1万円」「2万円」と日々変化をし、思わず言い返した私に「常識ない」と言いやがるのたまう母。

クリスマスの頃にお返ししようと思っていましたが、もういい加減めんどうになり、とっとと親戚にギフトカードを送りました。
常識ないと言われないように「1万円のギフトカード」。
そして母には残りの1万円はお返ししました。

ギフトカードを送ったという控えの紙を母に渡すと、安心したような母の顔。
そして翌日親戚から「届きました」というお礼の電話があり、ようやくこのお歳暮事件は一件落着したのです。

衰える記銘力

認知症になると
①記銘力:新しいことを覚える力
②把持:覚えたことを保持する力
③想起:覚えたことを再生する力
の中で、最も衰えるのが記銘力だと言います。

しかし、新しいことを覚える記銘力が衰えるのなら、お歳暮が届いたという事実すら忘れるのでは?と思うのですよね。

毎日、テーブルに挟んである送り状を見て、「お歳暮をいただいた→お返ししなければ」と思うのは、長年記憶として染み付いたお歳暮だからでしょうか。
記憶障害がもっと進行すると、送り状をみてもそれがなんのことかわからなくなるのでしょうか。お歳暮というものがなんなのかもわからなくなるのでしょうか。

そして、私もイラっとしてつい怒った口調で話しをすると、やっぱり母も怒ってくるんですよね。
その言葉に私も傷つき、落ち込む。毎度のことで、学習能力のない自分が悪いのですが、こういう現実に疲れるのも事実なんだなぁ。

認知症の人とそれを見守る家族は、「合わせ鏡」だと言います。
鏡に映った相手がイライラすれば、自分もイライラし、穏やかに接すれば相手も穏やかに落ち着く。
そんなことは百も承知なんですけどね。
現実は、どうして、どうして、なかなか厳しいなぁ。

母にとっては、昨日の記憶も、明日の想像もなく、今、この瞬間がすべてなんでしょう。
だから「昨日、こう言っていたよ」と言ったところで無駄なんですよね。

 

親戚から届いたお歳暮のたくさんの冷凍の鮭の切り身。
1度めは私に4切れ持ってきて、数日後には6切れ持ってきた母。
「この前、もらったよ」と母に言うと、びっくりして鮭の切り身を持ち帰る母。

3度めに鮭の切り身を持ってきた時も「前にもらったよ」と話すと、「うちの冷凍庫に入らないから、あんたのところで持っていて」と置いていった母。

ああ。
ここは、黙って受け取ってりゃよかったんだよなぁ・・・と、冷凍庫の中にやたらある鮭の切り身をみて、つくづく思ったのでした・・・。

 

コメント

  1. るり玉 より:

    おはようございます。

    いろんな場面で繰り返されるやりとり、神経を使いますね。
    家族だからこその気遣いだったり腹立たしさだったりなんでしょうね。
    お母さんは今がすべて、を生きていらっしゃるのですね。
    1万円2万円と自分の意見が変わったことも覚えていないかもしれませんよね。
    1万円でも2万円でも「じゃあ、そうしようね」と話を合わせてその場をおさめるしかないですよね。
    送り状が目の前にあるかぎり、
    お返しをしないといけないというお母さんの「今」は延々と続く。。。
    お相手には少し早いけどすぐにお返しの手配をして、
    お返しをした事実をお母さんの「今」にしてあげるしかないのかもしれないですよね。
    って言うのは簡単だけど、日々いろんな場面がやってくるんだもの。
    自分の感情を抑えながら、繰り返される同じことに接するって大変なこと。
    ひとつひとつ経験して考えて、
    お母さんにとっての最善を尽くしていらっしゃるそらはなさん、
    悩みすぎないように頑張りすぎないようにしてくださいね。

    • そらはな より:

      るり玉さんへ♪
      そうなんですよ。自分が1万円と言ったことを翌日には忘れている。そして2万円と言ったことも翌日には忘れている。
      でも、お金の管理だけは自分でやらなければと思っているらしく、それが逆に私を困らせる原因にもなります。
      いっそのこと、お金もすべて私が管理できたら楽なんでしょうけどね。
      毎日、母に合わせて適当に受け流すすべを身に着けていきたいものです。

  2. やまこ より:

    こんにちは。
    お歳暮が届いたなら絶対に忘れないでお返しをしなければならない、的な強迫観念がお有りなのだと思います。世間さまとのお付き合いで、後ろ指を指されるような失態だけはしてはならない、自分が心もとなくなってるという自覚があるからこそ余計に。

    向こうからのお礼の電話で解決するのはまだ良い方です。それを忘れ再びミカンが届いた親戚がいたので、お礼はハガキにしたことがありますよ。置いておけば目に入るかと。

    施設でも、娘に対して、お薬代は払ったかい?と何度も言う方を見たことがあります。
    そこだけは絶対に揺るがせられないとの迫力、これまでの真面目な人生を感じました。

    • そらはな より:

      やまこさんへ♪
      おっしゃる通り、世間体を気にする母なので、常にお歳暮のやり取りは気になることなんでしょうね。
      お歳暮のお返しをして、さらにミカンが届く・・・。思わず笑ってしまいましたが、決して他人事ではありませんね。
      その時の状態により、対応のしかたも変えていかなければならないのでしょうね。
      やまこさんは、10年以上もご両親と関わっているのですよね。
      私はまだまだ未熟者です(^-^;

  3. このちな より:

    そらはなさんこんにちは お母様が何度も何度も同じことを聞かれるということでそのお相手をされるのもさぞかし大変なことでしょうね 私も年寄りと暮らしたことがあるので少し経験があります その時はご飯を食べさせてもらえないと何度も何度も言われて辟易したのを覚えています ご飯が炊けていないからと言って空っぽの おかまを見せたことも何度もありましたね でも 私は孫の嫁という立場だったので あまり責任がなかったです そらはなさんは実の娘 二世帯同居の娘ということで大変に荷が重いような気がいたします 読ませていただいていても ため息が出そうです さて話は変わりますが先日電気代エアコンのことで義父と喧嘩してしまいました その時いくら年寄りと話をしても何の解決にもならずお互いが傷つけあってしまうばかりだと気がつきましたそれで私はこれから電気料の明細電気代を一切見ないことにしました玄関にあったら 中身を見ないで丸めて捨てることにしました その方が 家庭円満でうまくいくのです 年寄りと同居している時は目をつぶらなくてはならないことがあります 通帳の管理も私がしているのですが夫の通帳でもあり 公共料金はそこから引き落としになっているのですが 生活費は他の通帳から出ています だから別に1年2年位突き上げをしなくても構わないと思うことにしました だから今日はお天気がいいのに洗濯物乾燥機までで回してしまいました 電気料の管理を止めてしまったからです でもここで投げやりな家事をするとそれ以外のことも全てどうでもいいような気持ちになり家にいるのにお化粧をする気にもならないし料理もただ鍋を作るだけといった感じになってしまいます また立ち直ったり元気になったりできるのかな では失礼致します

    • そらはな より:

      このちなさんへ♪
      認知症のことをきちんと理解してれいば、いろいろな対処法ができるのでしょうけどね。
      日々、手探りで学んでいるといった状態です。
      このちなさんは、お義父さんと同居ですか?あまり光熱費のことを考えず暮らしているということは、実際に自分が管理していないから気にならないのでしょうね。
      どこかで線を引くということはお互いが一緒に暮らすうえでは大事なことかもしれませんね。
      譲れないことと妥協できること。それはお互いの話し合いで成り立つのだと思いますが、高齢者ともなれば難しいですよねー。
      私も課題は山積みです。

  4. あべま より:

    こんにちは。
    85歳になる認知症の父とは会話がほとんどなくなってしまいました。
    それでも私が帰るときには気をつけて帰れよ、と必ず声をかけてくれます。
    認知症とは本当に切ない病気ですね。

    • そらはな より:

      あべまさんへ♪
      お父様、認知症なのですね。
      もうめずらしい病気ではないのですね。歳をとるということは、時に残酷なことも見せてくれるものですよね。
      私も、自分が認知症になったらどうなっていくんだろう。
      世界中で日々研究開発がされているので、あと10年もしたら特効薬ができるといいなぁ。
      PS.換気扇、お掃除できましたかー?(#^^#)

      • あべま より:

        換気扇のお掃除、まだです。
        重たいお尻なので。(≧▽≦)

        • そらはな より:

          あべまさんへ♪
          私も、まだまだやりたい箇所のお掃除はあるんですけどねー。
          このまま新年を迎えそう・・・(^-^;

  5. きずつば より:

    私の母は認知症と診断されたのが七年前でした。
    デイサービスを好んで通所してくれ、リハビリのデイサービスも利用し、お友達もたくさんでき、認知症の進み具合が緩やかなような気がします。
    以前より穏やかになり、笑顔が増えたようにも思います。
    記憶障害は進んできていますが、私も上手に受け答えすることを覚えてきたので、最近はあまりイライラすることも無くなってきました。
    でも全て受け入れることは難しく、落ち込むこともあります。
    優しく接することができるように努力は必要ですね。

    認知症は残酷な病気ですが、これも試練なのでしょうね~

    • そらはな より:

      きずつばさんへ♪
      お母様は積極的に外との関りを求めたのですね。いいなー。私も歳をとったら、そんな風に明るい認知症になりたい。
      いや、認知症にはなりたくないけど・・・(^-^;
      母と接していると、いろんなことを試されているような気になるんですよね。
      父が生きていたころは、すべて父まかせにしていたので、私は母の言動にあまり気づくことができなくて。
      この試練を楽しんでいけたらいいなぁ・・・と思っています。

  6. とも より:

    こんばんは。
    お母様とそらはなさん。お二人共すごく真面目な方ですね。
    お母様は、ご親戚へのお返しで気持ちがいっぱいになられて、どうなったかが不安なんですね。
    とはいえ、1週間は辛いです。よく対応されてると感心いたします。
    以前にも書きましたが、ご近所の独居のおばあさんが、やはり記憶がとどまらず、5分も経たないうちに同じことを聞かれます。
    とりあえず、さっきもお話ししましたねと穏やかに返答しますが、心の中はさっき言ったじゃーんと、かなりイライラです。身内であれば尚のことですね。

    私はちょいちょい嘘と誤魔化しでやり過ごすこともありました。まともにぶつかると腹たってくるし、義父の不安は解消されることはないのですから。やってなくても、はいはいやっといたよ。と答えてました。ちょい悪オババですね。

    年末は何かと忙しく、それでなくてもストレスが溜まります。何回も聞かれても、右から左に受け流して、ストレスを溜めないようにしてくださいね。

    • そらはな より:

      ともさんへ♪
      あーーー。真面目なんだろうか、まじめなんだろうな。
      なんだかんだ言いながら、私にも母の血が流れているんですもんね。
      相手が言った言葉をいちいち真面目に受け止めず、時には流せるくらいの度量を鍛えなければ(^-^;
      適当に力を抜いて、過ごすようにします。

      • とも より:

        私も以前は、直球勝負の性格でした。それが正しいと信じていました。嘘をつくなんて以ての外。
        でも、心身共に疲れてしまい、時には変化球、敬遠なども使った方がいいんだなーと気づきました。嘘も方便と言いますからね。
        人を困らせる嘘でなければ、少しは許されるかしら?ごめんなさい。仏様と心の中で呟いてます。

        • そらはな より:

          ともさんへ♪
          ふふふっ(#^_^#)
          やさしい嘘ですねー。
          人を傷つける嘘じゃなければ、それも良しですね(*´▽`*)