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50代からの楽しみ方 新型コロナウィルスの影響で新しい価値観が見えた

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新型コロナウィルスの影響で、行きたいところにも行けず、会いたい人にも会えず、やりたいこともできない生活が半年以上続いています。

しかし、それを嘆いたところで何も変わらない。
自分が置かれた状況で、やれることをひとつづつクリアしていく。
何か目標を決めたら、それに対して具体的な計画を考える。
そうすることで、平凡な毎日もちょっとだけ楽しくなったりします。

1日、1日と体は確実に年老いていきますが、気持ちだけはいつまでも若く楽しく保っていきたいと思っています。

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50代は老いの入り口

「もう若くはないんだな」と思うようになったのは3~4年前から。

慣れない夜道の運転で視界がぼやけるようになり、乱視用の眼鏡を買いました。
立ち仕事では腰が痛くなるので、腰痛ベルトは欠かせません。
「老い」というのは、何か小道具を頼りに生きていくことなのですね。

自分を取り巻く環境に変化が生じてきたのもこの頃から。
3人の子どもたちはいつの間にか大きくなり、家を出ていきました。
長男、次男ともに社会人となり、完全に独立しました。

同時に親の老化も目の当たりにするようになりました。
4年前に父が急逝し、母は認知症の症状が顕著になりました。
いつまでも自分の前を歩いているのが親だと思っていましたが、いつの間にか親の手を引いて先導しなければならない立場となりました。

老いの影がちらついてくる昨今。
50代というのは老いの入り口なのだと実感しています。

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老いは長い

先日、厚生労働省が発表したところによれば、日本人の平均寿命は女性が87.45歳、男性が81.41歳となり、ともに過去最高を更新したそうです。

ということは、私が平均的に生きたとしても、あと30年以上は生きることになります。
結婚してから今まで過ごしてきた年数と同じくらいの時間が、今後待っているのですよね。
なのに、身体は確実に老いていき、思うように身動きがとれなくなるというのに、あと30年以上もあるなんてどうしましょう。

だからこそ、今が自分の生き方を見直す時なのだと思います。
社会的にも経済的にも精神的にも身体的にも、これまでと同じように考えていては、きっと失速してしまうでしょう。

自分の暮らしをコンパクトに移行しつつ、自分らしい生き方とはなんなのか、自分にとってなにが大切なのか、今一度見直してみる必要がありそうです。

老いの入り口に立った時、そこで価値観を見直しすることが、「老い」を楽しむことができるのかもしれません。

今の私がやりたいこと

50歳を過ぎた時、「死」というものも少しずつ意識するようになりました。
だから、やりたいことは後悔しないようにやって、行きたい場所へは可能な限り行って、会いたい人には会いに行く!
そんな目標を立てました。

しかし、新型コロナウィルスの影響で、これまでの価値観が変わりつつあります。

以前は、健康な体と気力と時間とお金があれば、自分のやりたいたいていのことは叶えられると思っていました。
ところが、大好きな劇団四季も観に行くことができなくなり、友達と旅行を楽しむことも、気軽に子どもたちへも会いに行くこともできなくなりました。

来月には感染拡大も落ち着くといいな、年内には収束するといいな、来年は元通りになるといいな、などと思ってみたところで、どうにもならないということがわかりました。

希望的観測で行動してはならないのです。

しかし、希望を持つことは大切です。
ならば、今自分が置かれた日常生活の中に、希望を見出していけばいいということに気が付きました。

そんなわけで、コロナ禍に乗じて雑草だらけの庭を、自分でガーデンデザインできるようになるために、ガーデニング講座の受講を始めました。
現在、課題を1/3提出したところで、いよいよこれから本格的なガーデン設計図の勉強に入るところです。

ガーデニング講座を受けて資格を取って今後に活かすとか、そんな先のことはあまり考えていません。
そんなことよりも、今現在目標をひとつひとつクリアし、課題に取り組むという新鮮な気持ちを持てるということが、なんて有意義で楽しいんだろう。
そんな気持ちに気が付くことができました。

日常の小さな目標を決めたら、それに合わせて具体的なスケジュールをどんどん決めていくこと。
そうすれば、いつしか夢も現実となるんじゃないかと思っています。

新たな価値観で生きていこう

3年前のブログに綴っていたことがあります。

そして、私のもうひとつの目標が、「自宅前の荒地を公園風のガーデンにすること」なのです。
今は木々がうっそうと生い茂りまるでジャングル。
庭でゆっくり花を愛でるなんてできません。
田舎ゆえに無駄に広いばかりで、父が急逝したことでこのまま放置しようかとも思いましたが、これもひとつひとつ段階的に計画を立てていけばいいのですよね。
何年かかるかわかりませんが、いつか私は家の前のガーデンで、ベンチに腰掛けながら紅茶を飲む。これも老後の計画に入れておきます。

 

自分でも忘れていたのですが、3年前から私はガーデン計画を夢見ていたんです。
その時は、具体的な計画も何もなかったので、漠然とした夢で終わっていましたが、コロナ禍により自粛生活が続いたことで、まさかのガーデニング講座にたどりついていたのです。

災い転じてなんとやら・・・ではないけれど、あれもできない、これもできないと嘆くよりも、新しい価値観を持ってどんどんやっていけばいいのだと思いました。

足るを知る。
今を生きていることが、どんなに素晴らしいことか。

毎日に感謝して、生きていこう。
人生を楽しむって、毎日の積み重ねから生み出されるものなのでしょう。

 

*この記事は2017年4月にアップしたものを加筆修正しました。

 

コメント

  1. 匿名 より:

    そうでしたか!
    忘れてらしたんですね(笑)。
    それでもそこにたどり着き、その先へ行こうとしてらっしゃる…すごいな(^^)
    却って執着や気負いのないそういう感じが、よかったのかもしれませんね。
    とすると、何気なく書きこまれたことが他にも、数年後に現実となるのかもしれません。

    私はこの記事覚えていました。その後のお母様との庭に関する悶着も。
    ですので、先日、伏線回収のようだと快哉を叫んだのです。
    どうぞ これからも Have a good time!

    • そらはな より:

      匿名さんへ♪
      忘れていました(^-^;
      いや、そういう気持ちはずっと持っていたんでしょうけど、自分でブログに記していたことを忘れていました。
      そして、気持ちはずっと変わっていないということを再認識しました。
      ブログを読み返してみると、あらためて自分の気持ちに気づくことができたりして、良いものだなぁと思いました。