部屋の中に出没したアリのことを忘れて良かったね・・・と思える認知症の母をみる私の心境

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母の部屋に小さなアリの行列が出現。
それは、玄関の壁と床のわずかな隙間から出てきていて、たどっていくと廊下から居間のソファーの下へと続いていました。

私なら、部屋の中にアリが出たら、そりゃあもう一大事!
えらいこっちゃと大騒ぎですが、母はアリの行列のことも瞬時に忘れてしまい覚えていませんでした。

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部屋の中のアリの行方

「殺虫剤、全部使ってなくなったから買ってきて」
夫から連絡がありました。

その日、自宅兼事務所で仕事をしていた夫。
母のところへきていたヘルパーさんから「部屋の中にアリがいますよ」と伝えられたそう。
夫が調べてみると、アリは玄関の床と壁のわずかな隙間から顔を出し、そのまま廊下を伝わり母の居間へと行列をなしていました。

さらに、アリは居間のソファーの下へと続き、そこにはビスケットらしきお菓子のカケラが落ちていたそう。
アリはそのお菓子を目指して、外から続々とやってきていたのですね。

夫いわく「アリが整然と並んで目的に向かって歩く姿は、まるでアニメのようだった」と。
ああ、夫が家にいる時でよかったわぁ。
私だったら、家の中で虫を見つけたら大騒ぎするもんね。

お菓子を撤去し、アリが辿る道のすべてに殺虫剤を噴霧し、それで家にあった殺虫剤が空になってしまったというわけで。
私は仕事帰りにホームセンターへ寄って、殺虫剤4本セットを買いました。
ふふん。これでアリもドーンと来いって感じ。

やはり母は覚えていなかったか

たぶんね、そこそこ大ごとだったと思うんですよ。
アリの行方を追って、ソファーの下に入っていくところまでたどり着いて、そこでソファーを寄せてのお菓子発見。
ソファー下をきれいに掃除してからの、アリの道筋に殺虫剤を噴霧する。
30分は仕事が中断されたでしょうね、夫。

殺虫剤4本セットを抱えて帰宅した私は、さっそく母へ今日の出来事を聞いてみました。

「ヘルパーさん、来ていたよ」と母。
うん、うん。他に何かなかった?と聞く私。

「なんにもないね」と母。

ああ、やっぱり覚えていないのか。
体験したことを丸ごと忘れてしまうのが認知症なのだから、しかたがない。

それでも少しでも母の記憶を呼び覚ましたくて、「部屋にアリがいたんだって?」と聞いてみる。

「アリ?」と、ポカンとした表情を浮かべる母。
そして「アリなんていないよ」と。

「ヘルパーさんの記録にも”部屋の中にアリがいました”って書いてあるよ」と言っても、わかりません。
「ソファーの下にお菓子が落ちてたんだって?」と言っても、わかりません。
「〇〇(夫)が、殺虫剤かけてアリを退治してくれたんでしょ」
夫の名前というキーワードを出したところで、ようやく母が思い出しました。

「そうえいば、〇〇くんが殺虫剤かけていたわね」
しかし母の呼び覚まされた記憶には、”夫は玄関のほうで殺虫剤をまいていた”としか記憶されておらず、居間でソファー下を掃除したことやお菓子が落ちていたという事実は、まったく覚えていませんでした。

「アリのこと、全然覚えていなかったよ」と夫に伝えると
「いつものことじゃん」と夫。

夫の割り切り方が潔い。
それに対して、私はいつまでたっても母の記憶障害を受け入れられないのだなぁ。

家族がたどる心理的ステップ

母がもしかしたら認知症ではないか?と思ったのは、父が亡くなった直後に、私を泥棒呼ばわりしたことから。

認知症の始まり?私を泥棒だと言った母・・・そりゃないよ
抑えようとしても込み上げる嗚咽は、父が亡くなった時とはまた別の感情が入り混じっていました。 悔しさ、悲しさ、情けなさ・・・、それらがドロドロに渦を巻いていて、子どもの頃母に理不尽な怒られ方をした時の記憶がよみがえってきました。 ...

あれから2年の月日が流れ、その間に私の感情はまるでジェットコースターのように乱高下しました。

認知症の人の家族がたどる心理的ステップは4つあると言います。

ステップ1:戸惑い・否定

常識的で賢く堅実に生きてきた母ですが、自分の価値観は絶対的で私が自分の意見を言おうものなら、怒って全否定する母でもありました。
だからこれまでは、何か物事を決める際には必ず母の意見を優先してきたのですが、理解力も判断力もなくなり、ひどい物忘れや暴言に、戸惑うばかりの私。
母の混乱、暴言は私のせいなのかと自分を責める日もありました。

ステップ2:混乱・怒り・拒絶

母の言動にいちいち腹を立てました。
子どもの頃から、母へは言い返すこともせず、一方的に怒られることにも慣れていましたが、母のおかしな言動に、私も大声で言い返すことが増えました。
何度言ってもわかってくれない母に対し、口も利かずに過ごしたこともありました。
そんなことをしても、状況はなにひとつ変わることはなく、翌日には母は何事もなかったかのように話しかけてくる。
覚えていないのです。忘れてしまうのです。
私一人が怒って腹を立ててバカみたいだと思いました。

ステップ3:割り切り・あきらめ

どんなに説明しても、何をしても、母の言動を正常に戻すのは無理なんです。
母は、まだ自分の身の回りのことは自分でできるからいいではありませんか。
家から一歩も出ることもなく、買い物はすべて私に一任し、料理もほとんどしなくなった母ですが、それで誰かに迷惑をかけているか?
近所を徘徊するわけでもなく、昼夜逆転して夜中起きて騒いでいるわけでもなく、近所の人の誹謗中傷するわけでもなく、変なゴミを拾ってきてため込むわけでもなく。
母の言動に困っているのは私だけであり、私が母のことを理解し割り切ることで、それでいいではないですか。
そして、夫の方が私よりも先に「割り切り」の境地に達したのは、実の親ではないからなのかな?

ステップ4:受容

最終的には認知症に対する理解が深まり、認知症の人の気持ちになって自分を重ねることができるようになります。
・・・とは言うけどさ・・・。

私はまだここまで到達していません。というか、できないと思う。
家族の介護経験を通して、自分も人間的に成長できるとは言いますが、これってきれいごとだと思ってしまうのは、まだまだ私が未熟な証拠なんだろうな。

まとめ

今回のアリ騒動。
母は視力も低下しているし、部屋の中に小さなアリが這っていても気づかないでしょう。
そして、アリが出没した出来事を丸ごと覚えていないのだから、これって母にとっては幸せなことなんだよねぇ。

だけど、家の中にアリが行列をなすようになったら、衛生的にもよろしくないし、アリに噛まれるという事態だって起こり得るわけで。
だから介護というのは、本人がいかに安心して安全に暮らしていけるということが、最大の目標であり、そのために周囲の人々が努力することなんだと思うのです。

でも、1人で努力していたら潰れてしまう。
だから介護は、多くの人の力を借りながら多くの手で支えていくことが必要なんですよね。
ヘルパーさん始め、ケアマネさん、主治医、市の介護認定職員の方たち。
そして、母とは他人である夫の力と、私がイラっとしたときにすぐに相談する姉の力も。

まだまだ母の言動に腹を立てることは多々ありますが
「アリのことをすっぽり忘れていてよかったね」
そんな風に思えるようになった私は、現在ステップ2と3レベルを行ったり来たりの状態です。

もしもステップ4の受容レベルになったら、悟りを開けると思うな、うん。

 

コメント

  1. とも より:

    こんばんは。そっかー。もう2年も経ちましたか。
    そうですよね。義父を見送ったのが2年前。介護が終わった直後に、そらはなさんの記事に出会い、これから始まる介護不安はしんどいだろうなーと思いました。
    受容って、肉親であるほど難しいと思いますね。親のこと、自分のことを俯瞰できない。感情の方が勝ってしまいます。
    義父は他人だったから、私自身もサブヘルパー気分で、物事を機械的に処理できたと思います。
    そして、実家の両親に対しては、まず「なんでー!」という感情がでてしまい、冷静になれません。驚き、戸惑い、悲しみ。一言では表現できないですね。
    それでいいと思うようにしてます。私が冷静でなくても、ケアマネさん、ヘルパーさんが俯瞰してるから。自分だけでは無理ですね。
    またまた仏教ですが、よく耳にする『諸行無常』
    諸々の行いは常ならず。自分の行い、内面。周りの状況など、ずっと同じであることは無いんですよね。先のことなんて、誰にもわからない。目の前のことだけに全力を注ぐのがベストですね。
    と、いうわけで、明日も目の前のおやつに全力を注ぎます。笑

    • そらはな より:

      ともさんへ♪
      ともさんには、いつもいつもアドバイスをいただいて、ありがとうございます。
      ともさんのお義父様も、うちの父と同じころに亡くなったんですね。
      2年なんてあっという間ですよね。
      私も、もしも夫の親だったら、最終的な責任は夫にあると思って、気楽に接することができるのかもしれません。
      実の親は、全責任が私にかかってくるから、やっぱり気が重いですねぇ。
      諸行無常の響きあり・・・ですね。
      うん、うん。ずーっと同じ状況が続くわけではない。本当にその通りです。
      今、目の前に起こっていることにしっかりと向き合う。それだけなんですよねー。
      おやつに向き合うのは、最高だー!\(^o^)/