認知障害である母との関り 穏やかであることと怒らなくなったことは違うと思う

母の部屋へ入ると、電話で話をしている最中でした。
数秒ほどその場で待ってみたのですが、電話は終わりそうもなかったので、いったん引き上げることにしました。

そして私は、部屋の外で母の電話での会話に耳を澄ませることにしました。

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母の認識の程度を知る

扉の影で、母の会話を盗み聞きしているわけではありません。
友人と電話で楽しそうに話す母の会話が、現実と合っているかどうか確かめたくなったのです。

「薬は2週間に1度とりにいってるわよ。でもね、先生が『病院は薬屋ではない!』と言うから、時々診察に行かなくちゃならないのよね」
そう話す母の声は、ハキハキと淀みなく明るいので、周りからみれば実にしっかりとした老人に見えることでしょう。

もちろん友人に対してすべてあからさまに話す必要はないので、多少友人に話を合わせているところもあるのかもしれませんが、薬をとりに行っているのは私であり、それも4週間に1度。
時期をみて私が「そろそろ診察に行かなければならないよ」と母に伝えると、母は必ず「病院は薬屋ではない!って、あの先生言うもんね」と、何度も言います。
おそらく、昔そう言われたことがあるのでしょうね。

 

電話の向こうの友人は、一人暮らしをしているようで、買い物はどうしているかという話になりました。
友人は生協で注文しているらしく、母も「そうそう!生協が一番いいわよね。カタログみて好きなの頼めるから便利よね」と言うのですが、母は生協のカタログなど見たことがありません。

以前は、母にカタログをみて注文したいものをメモしておくようにとやらせたこともありましたが、それも1か月も続きませんでした。
カタログから選ぶという判断ができない。自分が何が必要なのか先を見通しすることができない。よって「何も欲しいものがない」となるのです。
なので今では私が毎回母が必要となりそうなものを予測して、生協で注文しています。

母たちの話題は、父が亡くなった時のことにも触れていましたが、「私が病院へ駆けつけたら、夫が手をあげてこっちをみて、それっきりポックリ逝ってしまったもんねぇ」と話していました。

実際には、母が病院へ到着するまで心臓マッサージをしていてくださるように医師にお願いしたのは私なので、母が来た時に父が手をあげたり目を開いたりするということはなかったのですが、母の記憶の中ではそのようにすり替えられていて、これはもうすっかり事実として定着したようです。

まぁ、これはこれで誰が困ることでもないので、あえて訂正はいたしません。

母が友人に話す内容は、少し事実とはちがっていても、大筋は当たっていたので、上出来と判断しました。

認知症の原因

「認知症」というのは病名ではなく、特有の症状を総称する言葉です。
脳の神経細胞の変性や血管障害などにより、認知機能が低下し、それによってもたらされる生活障害なのです。

この認知症の原因となるものは大きく分けると2つあり、ひとつは脳の働きそのものが低下して起こる「一次的要因」であり、もうひとつは脳の変化がなくても精神的ストレスによって起こる「二次的要因」とがあります。

通常は、二つの要因が様々に関与して認知症が発症するとされていますが、母の場合はやはり父の死が大きな精神的ストレスとなったのだと考えられます。

父が亡くなる数年前から、たまに母の言動に違和感は感じていましたが、年齢による物忘れだと思っていました。
しかし、父の死をきっかけに母の言動は明らかにおかしくなりました。

私のことを「財産争いをする泥棒」だと言い放ち、自分でしまいこんだ通帳やその他のものを「どこにやった」と何度も私につっかかってきました。
新たな提案は理解することができず、それを怒りをもって抑え込もうとしました。

認知症の薬の効果

父が亡くなって2か月が過ぎたころ、母の介護申請の手続きをすると同時に、かかりつけ医から認知症の薬であるレミニールを処方していただきました。

その薬が効果があったのか、私がその後認知症についていろいろ勉強し、対応のしかたを学んだせいなのか、はたまた時間の経過とともに母の精神状態も落ち着いてきたのか、母は次第に穏やかになり、以前のように突然怒ったりすることもなくなりました。

認知症の薬は、そのものを根治させるものではなく、症状の進行を遅らせる程度にしか過ぎないと言われています。

しかし、母が認知症の薬を飲むことによって、私も認知症や薬についていろいろ勉強しました。
結果、認知症になってしまった人とどのように向き合い、付き合っていけばいいのか、以前よりもわかるようになったおかげで、必要以上に母を不安にさせたり困らせたりすることがなくなったと思っています。

認知症の薬を飲むということは、家族にも学ぶ機会を与えてくれるので、結果的には私にとっても効果のあった薬なのではないでしょうか。

最近の母の様子

「そろそろ美容院へ行かない?」と母に声をかけると
「私もちょうど行きたいと思っていた」と母の返事。

先月、同じように声をかけた時には
「もう髪なんて染めなくてもいい。別に美容院へ行かなくてもいい」と言っていた母でしたが、今回はすんなりと同意してくれました。

雪解けとともに、穏やかな春の日差しが暖かい日だったからでしょうか。

母は自分の身の回りのことは自分でできますし、近所の方や友人と話をするときは、いたって普通であり、いや、年齢の割にはしっかりとしているようにも見えます。
父が亡くなった直後に、あれほど混乱していた母がうそのように穏やかになり、認知障害もさほど進行せずに済んでいるかのようにも思います。

でも私は、母がゆっくりと少しずつ記憶という力が衰えていっているのを感じずにはいられません。

例えば娘の受験について。
「〇日に受験で□□へ行ってくる」と話したところで、「いってらっしゃい。がんばっておいで」とは言うものの、娘がどこの大学を受験するのかはまるで興味がありません。
だから帰ってきても「おかえり」とは言うけれど、「どうだった?」などその先のことは聞くこともしません。

興味がない、関心がないというよりも、今、この時間、この瞬間がすべてである母が、明日のことや近い将来のことなど考えるのをやめてしまったかのように思うからです。

わすか半年前、娘が「●●大学を受験する」と言った時、母が「なんでそんな遠くの大学に出してやるのか」「そんなもの勉強して何になるのか」と浴びせた言葉がうそのよう。
今は何を言っても「ああ、そう」としか言わない母を、それを穏やかになったと判断するのとは、ちょっと違うような気がします。

今となっては、まだ怒っていた母がより人間らしかったのかもしれないとさえ、思うからです。
穏やかになることと、怒らなくなるということは、イコールではないのですよね。

人間は考え悩むからこそ、喜怒哀楽が伴うもの。
それが記憶力の低下で、喜怒哀楽さえ薄っぺらいものになっていくとしたら、人間として幸せなことなのかな。
母が心穏やかに暮らすことを願っていた私ですが、最近はなんだか複雑な心境です。

それでも。
母が友人と電話で話していた言葉は本心であると信じたい。
「私は、娘夫婦がそばにいるから、本当に幸せだと思う」

父が亡くなってから3度めの春がもうすぐやってきます。

 

コメント

  1. すず より:

    そらはなさんおはようございます。今朝は3記事全部が私の近い将来の問題になるのでじっくり読ませてもらいました
    我が家の長女も中2、とうとう本人念願(懇願してた)スマホを今日手続きしてやるつもりです。問題は次女小5すでに小4には周りの子がみんな持ってたので私も欲しい!!となるに決まってます(^_^;)これをどう阻止するか。もちろん与えるつもりはないのです、ただでさえややこしい小5女子(4月からはもっとややこしくなる小6女子たち)その人にスマホを与えたらえらいことになるでしょう。友達同士のささいな喧嘩もLINEでやりとりをして違う!!と意義を唱えた相手に対してあっさりブロックしてしまう時代です。数人でA子ちゃんの家に集まって遊ぶ約束をしたのにそこに来る
    B子ちゃんからLINEでC子ちゃん、D子ちゃんは呼んでもいいけどE子ちゃんは嫌いだから呼ばないで!!と指示が飛び交う時代です。主催者はA子ちゃんでは???そもそもみんなで集まるのでは??と疑問に思うのですがLINEの恐ろしさは親たちの見えないところ水面下で起こることです。モラルの低下は大人だけではなく子供にも広がっています。付き合っても、ごめん付き合えない、別れても、バイトしますも、辞めますもすべてLINEで済む時代。いいのかなー。そのうち国会討論もそうなったり?
    メンドクサイ時間がかかることだとしてももっと直接話し合うことが大切なのになぁと思ってしまいます。それがそもそも時代遅れなのでしょうか?人と人との人間味がないとすべての感情が鈍感になっていく気がしてしまいます
    JCに与えたスマホがどうか人を傷つける武器にならないよう祈るばかりです
    お母さんの最後の言葉、きっと本心ですよ!私も母の近くに住んでることだけが唯一親孝行だと思っています。何もしてあげれてないけど・・・
    来年はJCとJK、そらはなさんの記事を読んで年間教育費が本当に恐ろしい・・・今春から塾に通うというし。。今の時代みんな塾が当たり前なんですよね~すべてをほかの家庭と同じにしていたらえらいことになりそうです(^_^;)自分の家はどうしたいか?娘の希望と親の考えとすり合わせていい方向へ進んでいきたいです
    長くなってすみません。読み返さず、消さずにえい!!っと投稿します。おかしな箇所があったら許して~

    • そらはな より:

      すずさんへ♪
      いよいよスマホデビューですね(#^^#)
      今は、小学生からスマホを持っている子も増えてきましたもんね。
      実はうちの娘は小学生の頃、ウォークマンのWi-Fi機能を利用して友達とLINEをしていました。
      親が教えたわけでもなく、自分で勝手に設定してやっていました。
      ところが少しするとLINEにも飽きて、その後はやらなくなりました。
      スマホは高校生になってからデビューしたのですが、その頃にはLINEにはあまり興味がなかったので、LINEの通知は鳴らないようにしていましたよ。
      自分で自己管理できるようになるまでは、親としては心配ですが、経験して学ぶこともありますよね。
      スマホは毎月の利用料金も発生することですし、親子でのルールは決めるべきだと思っています。
      ・・・って、娘がウォークマンでLINEをサクサク設定したのについていけなかった私が、偉そうなこと言えないのですけど(^-^;
      教育費は、成長するにしたがってどんどん増えていきますが、だからこそ子どもには親の考えや気持ちはきちんと伝えていかなければならないでしょうね。
      おっしゃる通り、よそはよそ、うちはうちです。
      JCにJKで、ますますにぎやかになりそうですね(#^^#)

      • T M ♪ より:

        横レス失礼しますm(_ _)m

        子どもたちの限られた世界では お友だちとモメるのは重大事なので ご心配なさるのは無理もありません。
        が、知っている同士なら修復の可能性はあるし、親御さんが相談に乗り助言もできるし、最悪 決裂となっても学びは残ると思うんです。
        (悪質なイジメはまだ別の問題として)

        ものすごくこわいのは、犯罪者が友だちの顔で懐に入り込んでくるとき。
        一度ネット上に載せたら取り戻せません。
        個人が特定される情報は写真含め特に慎重に扱うようにきちんと丁寧に最初に教えておくのがいいと思います。今や、ネット上の写真から指紋認証を偽造さえできてしまう時代です。

        ご存知かもしれないけれどご参考までに ──
        政府広報が再現映像を作ってSNSの罠について警鐘を鳴らし周知を図っています。
        まず親御さんが見て、必要と思ったら親子で一緒にご覧になるといいと思います。
        検索ワード 自画撮り被害が増加 で出てきます。

        蛇足ですが
        アメリカ人のお母さんが13歳の息子にiPhoneを与える際に作った契約書がネットで評判になり、和訳が出ています。
        グレゴリーへ iPhone
        で検索すると出てきます。
        ご家庭によって内容は大きく変わるでしょうけれど
        最初に取り決めをしておくこと自体には意味がありますね。

        横レスたいへん失礼しましたm(_ _)m

  2. るり玉 より:

    こんにちは。

    今という時間を生きているお母さんの今の言葉、
    それは間違いなく今のお母さんの心にある思いですもの。
    「幸せ」と言える時間を過ごしていらっしゃることは素晴らしいこと。
    世の中の高齢の方で、娘がそばにいてくれて安心して暮らせる方はそんなにいらっしゃらないと思う。
    けれど離れていれば見なくて済むもの聞かなくて済むことを、
    そらはなさんが背負い込むことにもなると思うので、
    どうかご無理なさらないでね。
    私が言うのも変だけど( ̄▽ ̄;)

    お薬が効いて穏やかになられたのはよかったですね。
    人が変わったように狂暴になる方もいらっしゃるというから。
    喜怒哀楽からも遠ざかってゆく。。。
    老いるということはこういうことなのですね。

    • そらはな より:

      るり玉さんへ♪
      そうなんですよー。
      「離れていれば見なくて済むもの、聞かなくて済むこと」たくさんあります!
      それらと上手につきあっていくしかないですね。
      私もいつかは行く道ですから。
      そして親の姿をみて、自分はどうあるべきか教えてもらってると思って、毎日を大切に生きていきたいです。
      ストレスためない程度に・・・(^-^;

  3. とも より:

    こんにちは。お嬢様のご卒業おめでとうございます

    さて、まずは母のご報告から。
    先週、色々な検査の結果を受けて医師からの説明がありました。
    結果は、病名をつけるには証拠が揃っていないけれど、極めて黒に近いグレーゾーンでした。
    父、母、私の3人で話を聞き、母が取り乱さないか心配しましたが、冷静に受け止めているようです。健康面等は問題無かったのですが、MRI画像で見ると前頭葉の萎縮と血行不良がありました。
    投薬治療になると、嫌でも認知症という病名が付き、預金の引き出しが出来なくなるなどの社会的制約も発生するので、悩むところであります。
    銀行に話さず病状が進まなければ、今の生活をしばらくは維持できますし、軽い病状での投薬は、生活維持を長く保てるので、投薬を希望しました。
    次回は脳の血流を調べて、今後の予測をされるそうです。幸い、認知症の専門病院が実家から1時間はかからない場所にあるので、母も通院しやすいと思います。
    先生がこれからはできないことをできるようにするより、今できていることの継続を目指しましょうと話されました。まわりの母に対する接し方なんかも指導されました。父はかなり言われてました。笑。
    今は、3人で病気を共有し、もの忘れの原因も確認できたので、少しホッとしてます。
    でも、いずれ私のことも解らなくなるのかと思うと、切ない気持ちでいっぱいです。
    遠い先のことを憂いて、今が楽しくないのはもっと辛いので、病気を受け止めつつ、楽しい毎日を送りたいです。
    両親とは、反発し嫌いなところも多々ありましたが、幼い頃に守って育ててもらったことへの恩返しができればなぁと、できる範囲でボチボチと見守っていきます。
    そらはなさんのお母様も、日々穏やかに過ごされてるのですね。心のわだかまりは有ると思いますが、母の今=私の今でもあるので、お互いに悔いなく過ごせるといいですね。
    長文失礼しました。

    • そらはな より:

      ともさんへ♪
      MRIは、客観的証拠になりますね。
      私も自分のMRIで前頭葉がどうなっているか見てみたい・・・(^-^;
      ところで、認知症と病名がつくと、預貯金の引き出しができなくなるのですか?
      うちの母の場合は、すでに預貯金の引き出しは私がやっているので、特に問題ないのですが、認知症の方がATMでお金を引き出してもわかりませんよね?
      その前に、ATMの使い方がわからなくなるのかな?
      今できていることの継続を目指すというのは、簡単そうで難しいですよね。
      時間の経過とともに歳をとるのは、親だけではなく自分もそうなのですからね。
      母の良い面はまねて、嫌な部分は反面教師として接していけたらいいなと思っています。
      ともさんも、ご実家が離れているし、お父様が一人でお母さまをみているのでご心配でしょうね。
      一緒に住んでいれば住んでいたであれこれあり、離れて暮らしていればいたで、あれこで心配で・・・結局は現実を受け入れながら、できることをやっていくしかないのだと思っています。

      • とも より:

        改めてネットで認知症預金凍結と調べたら、やはり本人はもちろん家族であっても引き出せないようです。
        本当はいけないだろうけど、銀行に知られなければ今までどおりで良いのかもですね。
        不動産の売買などもできないようです。
        本人の財産を守る意味で、凍結されるようです。
        病院の診察と並行して、司法書士さんに相談しました。成年後見人をつければ良いそうですが、弁護士などに付いてもらうと、毎月報酬がかかるようです。期間が長くなると、家族が後見人になるには、家裁に認定してもらわなくてはなりませんし、毎月の報告義務があるようです。難しそうです。
        家族信託もありますが、信託契約も認知症になる前しか結べないそうです。こちらも財産にもよりますが、費用は多額のようです。
        母が施設に入所した場合のお金の管理等、 調べなくてはいけませんね。

        • そらはな より:

          ともさんへ♪
          情報ありがとうございます。
          ということは、家族が認知症であることを銀行側に伝えない限り、わからないのですよね?
          昨年、父名義の土地の名義変更しましたが、母に署名や印鑑を押すように話しても、本人はなんのことかわかっていませんでした。
          なので、一人暮らしの高齢者に、あやしい人が近づいてうまく信用させて、土地の売買をしてしまう、ってことは、無きにしもあらずかなー、なんて思いました。
          離れて暮らす高齢の親御さんがいるかたは、成年後見人も必要になってくるのかもなぁ、ということを改めて考えさせられました。

  4. あべま より:

    こんにちは。
    お父様が亡くなられてからお母様の症状が進んだとのこと。
    私も今それを恐れています。

    父はとっくの昔から認知症です。
    が、母はそれを認めようとしていません。
    私も無理に認めさせようとは思いませんが。

    父は昭和一けた生まれの頑固者。ワンマンな人でした。
    物忘れ外来に連れていくことも難しく、
    そうこうしているうちに内臓が弱まり入院になりました。
    家族だから言えることですが、認知症であってよかったと思っています。
    頭がクリアであったならば、今のこの状態、状況を受け入れられないと思います。
    深く考えることがない。直近のことを忘れてしまう。
    それでよかったと思っています。

    遺されることになる母がとても心配です。

    • そらはな より:

      あべまさんへ♪
      こんにちは(#^^#)
      誰かが言っていたのですが、認知症になって記憶が徐々になくなっていくのは、世の中の辛いことや苦しいことから解放してくれる、神様からのプレゼントなのだと。
      とはいえ、自分が認知症になったら、大好きな人やお世話になった方々を忘れていってしまうのは辛いですねぇ。
      せめて自分は、現実を素直に認め、老いては子に従う・・・と在りたいですが、それすら忘れていってしまったら、もうどうしようもないですね。
      認知症の治療薬が開発されることを願っています。

  5. さまちゆ より:

    そらはなさん、こんばんは。以前一度だけコメントさせて頂いたものです。
    その時のそらはなさんの、育ててもらった恩があるという言葉を大事にしています。
    なかなか母との関係はうまく行きませんが。
    丁度今日、母の誕生日でしたのでプレゼントに服と少し高級な食パンを持っていったのですが、服は義姉の前で、毎年汚い色の服ばかり、ばばくさい等言われ、パンももったいないと。結構悩んで買ってるんですがね。せめて聞こえないとこで言ってくれればなんですが。残念でなりません。育ててもらった恩があるので、私もなんとか耐えてやり過ごさねばですね。

    • そらはな より:

      さまちゆさんへ♪
      こんにちは(#^^#)
      お会いしたこともないさまちゆさんですが、お母様の誕生日に言われた言葉・・・私もとてもショックでした。
      哀しすぎですよね。
      なんでだろう。実の娘には何を言っても傷つかないと思っているんでしょうか。
      それでも、お母さまの誕生日にはプレゼントを持っていくさまちゆさん。
      あなたはすばらしい娘さんです。
      育ててもらった恩は、重く深いものなんですよね・・・。

  6. このちな より:

    そらはなさんこんにちは 私は 短歌教室に通っているんですがそのサークルで 軽い認知症の方がおられます 回り当番で歌会の司会を担当しなくてはならないのですが その方が 当番の時は ひとつ歌が終わるたびに え私が司会者だったの 誰が司会するの と混乱が生じている様子です 最初はその様子を見ていて もっと頭のしっかりした人が司会をすればいいのにと思って いましたが 今はそんなふうに思っていません その方が 仮にたどたどしい司会であっても ずっとずっと長く教室に通ってきたベテランさんです 私のようにほんの数ヶ月前入った新人とは違います やっぱり周りの方たちが敬って 司会を任せているのだと思います 周りの方達がサポートしながら その方を見守っていくのだと思います いつまでその方が司会をできるのかはわかりませんが こうやって毎月歌をひとつ作ってこられることなどを考えると できることも確かにあるのだと思います できることを 周りのサポートを受けながら 楽しく続けていくということはとても大切なことだと思います しかしご家族の苦労がとても偲ばれますね そらはなさんのお父様が亡くなられてもう3年目の春が来ようとしていることに 時間の経過は早いものだと思います お父様が病院で亡くなられた時の 様子をお母様が自分で都合のいいように脚色されているのを読まさせていただいて いいお話だなと思いました きっとそういうふうになさりたかったのですね

    • そらはな より:

      このちなさんへ♪
      すてきな短歌教室の仲間ですね。
      先輩を敬って、みんなでその方を立てておられる。
      その方も幸せですね。
      人間は、一人では生きていけないものですし、社会の中では人とつながって生きていくものです。
      だからこそ、良い仲間に恵まれることが、とても大事なんですよね。
      私もそんなすばらしい仲間に出会えるだろうか。
      子どもたちもみんな独立し、もしも夫も先に逝ってしまったとき、私はどんな暮らし方をしているのかな・・・。
      そんなことを考えるようになりました。