50歳を過ぎても悩みはある 共感と心地よい関係と

学生時代、コミュニケーション能力を高めるためには「相手に共感的態度で接すること」と習いました。
共感すると口で言うのは簡単だけど、自分も同じような経験をしなければ、心の底から共感することは難しい。

最近、私の身の回りであった出来事で、いろいろ思うところがあったので、あらためて共感とはなんぞや・・・?と考えてみました。

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50肩で一番辛いこと

50肩の痛みが、今まさにピークなのではないかと思われる今日この頃。
2年前に友人が50肩になったときは、「大変だねぇ」と言ったものの、その大変さはやはり自分が経験してみなければわからないことでした。

50肩って腕が挙がらなくなると聞いていたので、ならば挙げなければいいんじゃないの?と、以前の私は思っていたのですが、ちがうんですよ。

50肩になって何が辛いかって、自分の意志とは別に反射的に腕が動いてしまった時。
私の場合は、左側が50肩なのですが、例えば左背後で何か物が落ちそうなのが視界に入ったら、とっさに腕を伸ばしてそれをキャッチしようとしてしまいますよね。

その瞬間
あ”あ”あ”あ”あ”あ”〇△$?✖!!&-----っ!!!
と、悶絶する痛みに襲われます。

腕をまっすぐおろしていたり前に伸ばす分にはなんの支障もないので、ふだんは自分が50肩だってことを忘れているほど。
ところが瞬間的に左腕を後ろに動かしてしまった日には、しばらくズキズキと痛みが続くのです。

50肩って単に腕が挙がらないということではないのだなぁ・・・・と、自分がなってみてつくづくわかったことでした。

 

誰が一番かわいそうだと思う?

「マオちゃん、亡くなったなぁ」
仕事から帰宅した夫が、めずらしくそんな話題を口にしました。
ふだんは、こういった芸能ネタを口にすることはないので、それほど小林麻央さんの訃報は日本中に衝撃を与えたのでしょう。

夫の職場の30代の女性はテレビを観ながら「遺された子どもたちがかわいそう」と言って、オイオイ泣いたそう。
そして夫は「オレは、海老蔵が一番かわいそうだと思う」と言いました。

おそらく30代の女性にはマオちゃんのお子さんと同じような年ごろのお子さんがいるのでしょうね。
うちの夫は、小さな子どもを遺して妻に先立たれた男の気持ちになって考えたのでしょう。

かくゆう私、一番かわいそうだと思ったのは、マオちゃんのお母さんなんです。
娘を看取らなければならなかったお母さんの気持ちを考えると、胸が絞めつけられるような思いで、それはもしも今、わが子が死んでしまったら・・・という自分の気持ちを重ね合わせたのですよね。

友人の事情

今年の冬、学生時代の友人たちと一緒に旅行する計画を立てていました。
それは2年前からの約束で、みんなとても楽しみにしていました。
子どもが障害を持つ友人や、親が病気で入院している友人など、みんな抱えている背景はそれぞれですが、「旅行の日は何がなんでも行くから!」という勢いで楽しみにしていたのです。

ところが先日、友人の一人から「旅行は行けない」と連絡がありました。
理由は、「自分の病気のこと、この夏手術すること」ということ以外に「経済的に厳しいから」と言われたのです。

もちろん彼女の事情はよーく知っています。もう30年以上の付き合いですから、彼女の抱えている問題もよーくわかります。
病気や手術が理由ならば、旅行までまだ半年近くありますから、旅行に行くか行かないかの決定はギリギリまで待とうと思っていました。

しかし「経済的に厳しい」と言われ、私の中でいろんな想いが交差したのです。

学生時代一緒に過ごし、同じ環境で勉強し同じ立場で学びあった友人ですが、30年という年月は、少しずつお互いの環境が変わってきていることに気が付きにくい。
そして、学生時代の友人というのは、なんの上下関係もなく損得勘定もなく、純粋に波長が合い心が通い合うからこそ付き合える生涯を通しての大切な仲間。

なのに、お互い離れている期間が長すぎて、今でも会えば学生時代のノリになるものだと信じていて「今度は劇団四季観に行こうよ」なんて安易に声をかけてしまった私のバカ。

彼女を誘ったことが、よかったのか悪かったのか悩んでしまいました。

共感とは

共感とは「他人の意見や感情などにそのとおりだと感じること。また、その気持ち。」

そういえば、私が50肩の話をするのは、同じような年齢の人たち。
それは、相手がもしかして50肩を経験しているかもしれないという期待で共感してほしい気持ちがあるから。

マオちゃんの死で、それぞれが自分の立場に一番近い人の気持ちになって考えるというのも、それが一番共感しやすく感情移入しやすいから。

共感するということは、例え相手と同じような経験をしなくとも、話をすることでお互いがとても心地よくなれば、それでいいのではないかなぁ・・・と、ふと思う。
「この人ならわかってくれる」という信頼の気持ちと、「この人ならわかってくれる」と思わせる聴く姿勢と。それがあればお互いが共感できるのではないかなぁ。

友人の病気も手術も私は経験したことがないけれど、友人の経済的事情についてもどうすることもできないけれど、まずは友人に会いにいこうと思いました。
車で2時間かけて、心地よい話ができると信じて。

 

50肩だのマオちゃんのことだの、なんだかんだと回りくどく書いていますが、結局私の悩みというのは友人のことなのでありました。

 

コメント

  1. とも より:

    共感って、本当に難しいです。
    近所のお友達の娘さんが、3年前にご病気で亡くなられました。息子より一つ年上で、大学進学の直前でした。実際、かける言葉が見つからないほど落胆し、混乱してました。
    慰めるつもりで、天国から見守ってくれてるよ。と話したら、「そんなとこに行かなくていいもん。そばにずっといて欲しいもん」と言われ、余計なこと言わなきゃ良かったと後悔しました。
    そうですよね。どんなにわかってるつもりでも、当事者でないと理解できないことは、たくさんありますよね。そして、言葉の重みも痛感しました。
    一時期、傾聴というに興味があり、1日教室に行きました。ひとの話を聴き、受けとめるのは、すごく難しかったです。聴いてるそばから、自分の心の声が頭に浮かんで、集中できませんでした。
    お医者さんやカウンセラーなど、聴くという仕事は大変なんだなぁと思いました。
    以前、美輪明宏さんが親子や兄弟、友人等、どんなに親しい間柄でも、距離感は必要だと話してみえました。なんだか水くさいなと思いましたが、その距離は、相手の気持ちに対する礼儀であり、思いやりだと。相手の心に寄添いつつ、一歩引いた感情で接する。頭でわかってても、超難しいんだな〜これが。

    • そらはな より:

      ともさんへ♪
      ああー、お友達の娘さん、若くして亡くなるなんてどんなに心残りだったでしょう。
      私も、そのお友達にかける言葉が見つかりません。
      共感は傾聴することから始まるのかもしれませんね。
      ただ話を黙って聞いてくれるだけでも、救われることってありますもんね。
      そして、なんでも聞き出すことが決して良いことでないこともあるんですよね。
      距離感。うん、大事だなぁ。
      そしてやっぱり難しい・・・。

  2. しっぽ より:

    共感って簡単に言うけれど、どんなにわかったつもりでも、言われた方は「そういうことじゃないんだよな〜」ってことが多いのですよね。相手を思いやってかけた言葉が相手を傷つけることもしばしば。年を経るほど、人の気持ちを本当に理解するのは難しいことなのだと思い知ります。

    基本的に、「人の気持ちはその人にしかわからない」と肝に銘じているくらいでちょうどかもしれませんね。

    それでも、「本当の気持ちはわからないかもしれないけど、どんなことがあってもあなたのそばにいるよ」という姿勢が伝われば、きっと良い関係でいられるのではないかと思っています。

    • そらはな より:

      しっぽさんへ♪
      歳をとるごとに、複雑な問題がたくさん出てきて、簡単に友人にすら話せないこともたくさんありますよね。
      「人の気持ちはその人にしかわからない」まさにその通りだと思います。
      だから安易に「わかる、わかる」と言うことだけは避けたいものです。
      でも、相手に寄りそう気持ちがあれば、お互いが気持ちよくつきあえるかもしれませんね。
      話をしてみなければわからないこともたくさんありますし、言葉で気持がほぐされることもあるかもしれませんね。

  3. T M ♪ より:

    誘ったこと自体は─── “私のバカ ”ではないですよ!
    どんなに思いやっていても、ベツの人間同士、察し合うのにも限界はありますから
    そんなときは仰る通り、
    心を込めて語り心を尽くして聴く、それでいいんじゃないでしょうか、
    ご自分を責めないで。
    逆の立場であったとして、
    友だちがそんなことで自分自身を責めていたら、私だったらとてもつらいわ。
    そして遠慮して誘ってくれなくなったら、そのことに傷つくと思う。
    断らなくてはならないとしてもね。勝手なこと言うようですけど…

    年とともに 気持ちはあっても
    時間とお金 (と体力も?) に限りがあることが切実な現実として迫ってくる。
    どこにそれらを割くかは、どんなに仲よしでも 人それぞれ別々。
    それをお互い認め合った上で、
    親しくおつきあいする中で誘ったり誘われたり、受けたり断ったり、
    軽やかなのがいいと思っています。
    過剰な忖度は、息苦しくなりません?
    断れる余地を作りながら、でもご一緒したい熱意をもって誘ってみる。
    返事は「お相手」が考え判断すること。それを受け入れる。
    断られたら、理由を深追いしない。
    逆に、誘われてできないことは感謝とともに誠意を持って断る。
    そういう気持ちをみなで共有しておけたら
    気軽に誘いやすいし断れるし、快適だと私は思っているんです。

    お友だちが「経済的に厳しい」と言いづらい理由を率直に言ってくれたのは
    信頼関係があるからこそ、わかってもらいたいからこそ、なのでは。
    仰る通り、ただ受けとめればいいと思うんです、温かい気持ちで。
    誘ったのが悪かったなんて思わずに。

    海外のお悔やみ用のカードに次のように印刷されていました。
    「喪失の痛みは私には察することもできないくらいだけれど
    ただ 私はあなたのことを想っているって知っていてもらいたい」
    押しつけがましくない、快い文だと印象に残りました。

    • そらはな より:

      TM♪さんへ♪
      「時間とお金 (と体力も?) に限りがあることが切実な現実」って言葉が刺さりました(^-^;
      そうなんですよねー。それが現実。
      みんな置かれた状況はちがうけれど、友達だってことには変わりないですもんね。
      それに私も、もし友達が私のことを察して誘ってくれなかったら、やっぱりそれはそれで傷つくんですよね。
      相手がどう返事しても、それを受け止めるというのも、大切な友達だからできること。
      人って、人に助けられて生きていくんだなぁ・・・としみじみ思いました。

  4. らんど より:

    いろいろと悩みながらも2時間かけて会いに行く、そらはなさん素敵だと思います。私には、できないかもです!
    としを重ねていくと、それぞれの環境や価値観が固まってきて共感している気になっているだけに、なっていたり!
    でも話すことで気持ちがスーっと楽になることも沢山!話をするのって気持ちを解す薬だと思います!

    • そらはな より:

      らんどさんへ♪
      歳をとったからこそ、会いたいときに会っておかなければ、次はいつ会えるかわからないという危機感?みたいなものを感じるようになりました(^-^;
      息子たちがサッカーをしていたので、県内所せましと走り回っておりました。
      なので2時間くらいは全然平気です。あと数年したら、どうなるかわかりませんけどね・・・。
      問題解決は本人にしかできないことですが、話をすることで気持ちが楽になるってこともありますもんね。

  5. じゅん より:

    はじめまして。
    五十肩辛いですね。私もひどくて手袋を脱ごうとして激痛。私は両肩だったのでゴムのパンツは絶対履けなくてファスナー付きに買い換えました。 ありとあらゆる事をしましたが治りませんでした。
    一年ほどたったとき、鍼を試してみました。、その日は腕が重くて運転もできないほどでした。
    でもそれから劇的に治ったんです。もっと早くすればよかったと思いました。
    早く楽になると良いですね。

    • そらはな より:

      じゅんさんへ♪
      はじめまして(#^^#)
      はじめはたいしたことないと思っていた50肩でしたが、半年経った今が一番可動域が狭くなっていると感じます。
      背中でブラのホックが止められないので、前で止めてからぐるっと回します。
      洋服も、袖が狭いものは着脱がきびしいですね(^-^;
      だけど、腕を前に動かしたりするのはまったく問題ないのですよね。
      1年以上はかかると聞いていますから、気長にストレッチしながら待ちたいと思います。

  6. テトリン より:

    そらはなさん
    お久しぶりです。ブログ毎日楽しみにしています。
    まだ私も50肩治りません。去年重度の右肩50肩で前も後ろも上も激痛 じっとしてても激痛でした。最近6割治ってきたかなぐらいでしたが、左ばかり使っていたことで GW明けあたりから 左肩に違和感があり、いやな予感が的中(当たらないでほしかった)左もです。着替えが痛くて、苦痛です。やはり1年はかかるのでしょうか?
    友達と関係。私も そらはなさんと同じように思う出来事が多々ありました。本当そらはなさんのブログに共感です。
    学生時代は損得なしで付き合えましたが 今は状況によってちがいますものね。
    つくずく思います。家族がありますので、話もデリケートな内容も多くなったりします。無事大学生になれた娘には だからこそ 学生時代、勉強し、損得なしにいろんな人と話し、同じ景色空間を思いきり楽しんでと言っています。

    話に共感するって、深いです。難しいです。でも大切な人には、勇気づけたいと思い
    いろいろ言ってしまいがちです それも相手には心に余裕が少しでもあるときだけなんですよね。 渦中にいるときは中々難しく、 寄り添ってあげる気持ちが一番なんだと、最近感じている自分です。
    できるだけ早く50肩なおりますように(お互いに)

    • そらはな より:

      テトリンさんへ♪
      こんにちは。
      ああー・・・恐怖の両肩50肩ですかー!
      私はいよいよ可動域が狭くなり、今では左腕を後ろに回してもお尻の部分しか腕が挙がりません。ちょっと前までは腰のあたりまでは挙がっていたのになぁ・・・。
      まだ右手は大丈夫ですが、いつか右手もそうなるんだろうか・・・。
      学生時代の友人は本当に心を許せる友人ですが、それもお互いの環境の変化でなかなか難しくなってきました。
      共感って難しいですね。
      親身になるというのも、難しいなぁ・・・と最近思います。

  7. ギャロ より:

    お久しぶりの北海道のギャロです!
    共感すること・・・難しいですね・・・

    私は友人がほぼ地元にいなく、お盆に一番の親友が
    帰省した時に毎年酒を呑みます。
    友人は独身で東京で働いているものですから
    経済的にも余裕があり私と色々な意味で正反対の生活をしております。

    以前はそういう生活を羨ましくも思ったりしたのですが
    最近はちょっとしんどくなったりします・・・
    どこどこの美味しいレストランだとか外車だとか・・・
    そういった話を聞いていると・・・なんだか・・・

    学生の時は同じようなファッションをして、
    ライブに行って、飲み屋で女の子ナンパして(笑)
    そういった、なんでも共感できていたのに・・・

    きっと彼も私と会った時は、笑って話していたいから
    って思ってるのが心では解っているのですが・・・
    ホントは互いに嫁さんの悪口(笑)や子供の自慢や
    小遣いの少なさ自慢!をしたかったんだよね・・・

    それはちょっと悲しいことだけれど
    解決のできない仕方のない事が沢山あるんだな~って
    最近思ったりしてます・・・

    • そらはな より:

      ギャロさんへ♪
      とてもとてもギャロさんの哀愁が漂ってきましたよ~(笑)
      自分の生活環境と相手の生活環境が違うと、会話の内容もビミョーにちがってきますよね。
      ましてや離れて暮らしているのだから、なんとなく噛み合わなくなってくる部分も多いと思います。
      気心が知れている友人だけに、何十年という歳月は「あれ?」と思うようなこともたくさんありますね。
      それでも毎年お酒を酌み交わすお友達がいるということは、幸せなことです。
      年に1度、お互いの近況を報告しあって、それでいいのですよねー。